見えないものが現れるとき——お盆とシリウスと、静かな“復活”の話
あれ? 今年、見かけなかった
毎年この季節になると、スピリチュアル界隈では「ライオンズ・ゲート」の投稿がにぎやかになります。
7月26日から8月12日まで宇宙のポータルが開き、
8月8日がそのピークだという話。
Facebookではよくその話題を目にしていました。
でも、今年はふと気づいたら 、一つも見かけなかったんです。
あの熱狂が、すっと消えていった理由
ほんの数年前までは、「8月8日はすごいエネルギーが降り注ぐ!」という言葉がSNSにあふれ、「○○のエネルギーを受け取ろう」「願いごとをしよう」系の投稿で賑わっていました。
あの高揚感、あの熱狂はいったいどこへ?
もしかしたら今、多くの人が“熱狂のエネルギー”から、“静かな確かさ”へと軸を移しつつあるのかもしれません。(はい、実は、私も10年ぐらい前は、まあまあ熱狂系で、ポータルが開いているらしい間に何かしようと躍起になってました笑…)
「みんなが言ってるから」
「この日は特別だって聞いたから」
そんな“受け取るだけ”の姿勢ではなく、
自分で調べ、
自分で感じて、
自分の内側で腑に落ちたものだけを信じる
そんな姿勢が、じわじわと広がっているように感じています。
熱狂的なピークを求めるよりも、
自分にとって本当に大切なものを、静かに生きる流れへ。
意識の深まりとともに、そうした変化が起きているのかもしれません。
ライオンズゲートって、そもそも何?
もともとの由来は、古代エジプトの天文観測です。
毎年7月末〜8月上旬、太陽とシリウス(夜空で最も明るい恒星)が一直線に並ぶことで、地上からシリウスが一時的に“見えなくなる時期がありました。
そしてその数日後、夜明け前にシリウスがふたたび姿を現す。
この現象が「再生と復活の象徴」としてとらえられていたんです。
天文学的には、8月8日という日付に特別な現象は起きていません。
8という数字が豊かさや達成を象徴するとされることや、ゾロ目のインパクトなどから、スピリチュアル界隈で象徴的な意味として扱われている日だと言えます。(ちなみに、私自身も長く数秘術をお伝えしてきたので、「8」という数字が豊かさや具現化を象徴することには共感します。でも、それと「この日にエネルギーが降り注ぐ」という話はまた別のこと。象徴性と天体現象を混同しない視点が、いま大切になってきている気がします。)
星の動きや象徴性も興味深いけれど、私の誕生日(8月16日)と重なることもあって、もっと身近に息づいている「お盆」に私は心惹かれます。
わたしにとって大切なのは、お盆
そうした天体の話より、私は日本文化に根づいたお盆の方を、はるかに大切に感じています。
お盆は、ご先祖さまの霊が帰ってくるとされる期間。
もともとは仏教の『盂蘭盆経(うらぼんきょう)』に基づき、旧暦の7月15日が中心だったそうです。
それが、明治時代に新暦へ移行した際、農作業や地域の都合などから、新暦で1か月遅れの8月15日をお盆にする地域が増えたのだとか。
本来は旧暦の7月15日が中心ですが、新暦導入後、地域によっては1か月遅れの8月15日に行うようになりました。
こういう経緯を知ると、カレンダーの上の数字以上に、感覚としての「この時期」が大切にされているようにも思えます。
調べてみてわかったこと
日本での「シリウスの復活」は、8月15〜17日頃
古代エジプトでの復活とは少しタイミングがずれますが、日本でシリウスが再び東の地平線に姿を現すのは、8月15〜17日頃だといわれています。
(※毎年微妙に変動します。2025年は8月17日です。)
これは「ヘリアカル・ライジング」と呼ばれる現象で、夜明け直前の東の空にシリウスが一瞬だけ見える。
日本では、肉眼での確認はかなり難しいです。
(7月末〜8月頭の晴れた朝、4:00ごろに起きて、東南東の水平線を見晴らせる場所に行き、アプリでシリウスの出を予測し、夜明け前のほんの一瞬に、きらっと光る“初昇り”を見る、というかなりの高さのハードル)
それでも...
お盆が終わるころ、目に見えない星が再び現れる。
ご先祖さまの霊が戻ってくるとされるお盆の終わりと、
星の復活がリンクしているようで、私はとてもグっときました。
「見えなかったものが、姿を現す」ときの、静かな奇跡のようです。
本当の「現れ」は、逆かもしれない
「生まれる=現れる」
「亡くなる=消える」
そう考えてしまうけれど、本当にそうでしょうか?
この肉体、この自我がある時間は、永遠の時間から見たらほんの一瞬。
それ以外の永遠の時間の中では、
この体と自我はどこにも存在していません。
だとしたら――
本当の“現れ”とは、この目には見えない永遠の時間のことなのかもしれない。
そして今ここに「生まれている」時間は、逆に、“本当の何か”が見えなくなっている時間なのかもしれない。
この世界に“現れている”私たちは、
永遠なるものそのものを見ることはできません。
でも、たとえ見えなくても、それを感じることは、できる。
盆踊りのBGMとともに
ちょうど今日、家の真向かいのお寺で盆踊りが開かれていて、
その音楽をBGMに、そんな「永遠の時間」に思いをはせていました。
見えなくても、そこにあるもの。
静かだけど、確かに響いてくるもの。
それは、シリウスのようでもあり、
どこか、ご先祖さまのようでもあり、
どこか、真のリアリティのようでもあります。
あなたにとっての“見えないけれど確かにあるもの”は?
たとえば、
・静けさの中に感じる安心感
・誰かとの見えないつながり
・ふと胸にこみ上げてくる、説明できない懐かしさ
目には見えないけれど、確かに“ある”と感じるもの。
あなたにとって、それはどんなもの?
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