小説「葬送の旅」(9/10話) #創作大賞2024
【第9話】
それからというもの、約束の一ヶ月はあっという間に過ぎていった。
今日は三上と一緒に一組の式を担当する。
これがつむぎ葬祭での最後の仕事になるだろう。
学びの時間はたったの一ヶ月だったけれど、私の中には確かな想いが芽生えていた。
享年32歳。白戸瑞帆さんは、三年前に結婚したばかりのご主人様・洸平さんと、昨年生まれたばかりのお子様・希実(のぞみ)ちゃんを残して旅立ってしまわれた。
心臓病が分かったのは、希実ちゃんを出産し、三ヶ月を過ぎた頃だったという。
私はお供えスペースを綺麗に整えてから、花祭壇の中央にある瑞帆さんの写真を見つめた。
周りには瑞帆さんが大好きだったという薔薇の花。
故人の生前の意向なのだと三上から聞いた。
花ミズキ社のお別れ会には薔薇を飾ることはかなり多く、お客様からの人気も高い。
ただこの世界ではそう多くはないらしい。
赤やピンク、白の美しい薔薇の花が沢山咲いている光景を眺めていると、寂しくて居心地が悪いと感じた一か月前の自分が思い出される。
けれどもう、あの時とは感じ方がまるで違う。
何も話してなどくれない静かに微笑むご遺影は、過ぎ去っていった記憶や面影をそっと思い起こさせてくれる気がする。
生き生きと咲き誇る美しい生花は、あらゆるものの命の儚さ尊さを、静かに語りかけてくれているようだ。
今はそんな風に感じられる。
生と死が交差する畏敬の念に包まれた空気に、私は身が引き締まる思いがした。
元の世界へ帰ったら、花ミズキ社のみんなに伝えたいことがいっぱいある。
最終チェックを終えてから、式場を後にした。事務所には三上だけがいた。
白戸家を控え室に案内したあとにどこかに外出でもしていたのか、デスクには大きな白い買い物袋が置いてある。
「何ですか、その大きな荷物」
私の問いかけに、オムツと一言で返す三上。
「…オムツ?え、それってまさか」
「うん。さっき控え室に案内したときに、オムツ持ってくるの忘れてしまったって白戸さんが慌ててたから」
三上は人差し指でこめかみの辺りを掻く仕草をしたあと、多すぎたなと、聞こえるか聞こえないか位の小さな声で呟いた。
梓さんが、彼を''みかみん''と呼んでいるのが、なんだか分かった気がした。
**
時計の針が20時25分を指す頃。
私は帰る前に洸平さんに挨拶をしようと、式場を覗いた。
御家族はもう控え室へ上がられているようで、式場には洸平さんだけが残っていて、瑞帆さんの柩の前で一人座っている。
白戸様…と声を掛けようとしたその時、気配に気がついた洸平さんがそっと口を開いた。
「妻は幸せだったんでしょうかね。
私と結婚したばっかりに、瑞帆の人生は狂ってしまったんじゃないかって。どうしても考えてしまうんですよ。ここに座ってると思い出すんです。
希実ができた時、二人で喜んで、三人でどこに行きたいとか、何をさせてあげようとか、先々の色んなことを二人で話したんですよ」
そこで洸平さんの言葉が止まる。
涙を堪えているのか俯いてしまい、そのまま押し黙ってしまった。
愛する人を亡くした悲しみと、自分が愛する人の人生を変えてしまったのではないかという自問自答、そんな自責の念が入り交じった深い闇が彼の身も心も覆い尽くして、このまま潰れてしまうのではないかと心配になり胸が締め付けられる。
ふと、お供えスペースに置いてある花瓶に生けられた薔薇の花を見る。
瑞帆さんのお母様が持ってこられたものだった。
「綺麗ですね、薔薇の花。瑞帆さんのお好きな花だったと、瑞帆さんのお母様からお伺いしました」
それを聞いた洸平さんが、我に返った様子で私の顔を見上げる。真っ赤な目には涙が溜まっている。
「えぇ、そうなんです。瑞帆は本当に薔薇が大好きで。この花瓶は私が瑞帆に贈ったものなんです。もし自分が死んだら、薔薇の花をこの花瓶に五本飾ってほしい。必ず五本だって、お義母さんに言ってたみたいで」
その話を聞いて、突如自分の身体に電流が走ったような感覚を覚えた。
もしそうだったら…
次第に身体が熱くなり呼吸も荒くなってきた。
私の異変に気が付いた洸平が声を掛けてくれた。
「山中さん…?どうかされましたか?」
「白戸さんは、薔薇の花言葉ってご存知ですか?」
私の急な質問に、洸平さんの瞼が素早く動く。
「え、花言葉ですか。いやぁ…ごめんなさい。私はそういうの全然分からないので」
「薔薇には愛情って花言葉があるんですが、実は本数によっても込められた想いがそれぞれにあるんです」
「…本数…」
そう呟いて、洸平さんは花瓶の中の薔薇を見つめる。
「…はい。五本の薔薇の花言葉は、''あなたに出会えて良かった''」
私の言葉を聞いた途端、わっと言葉にならない声を出したかと思うと、洸平さんはその場で泣き崩れてしまった。
背後に誰かの気配を感じて振り向くと、三上と、希実ちゃんを抱いた洸平さんのお母様が立っていた。
恐らくは三上が連れてきたのであろう。
そして三上の手には、茶色のブランケット。
そういえば、五月も終わりを告げようとしているのに今日は季節外れの寒い日で、生花のある式場は、控え室と違って肌寒く感じられた。
私は心の中で「やるじゃん、みかみん」と呟いた。
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第10話(最終話)へとつづく
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