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小説「葬送の旅」(5/10話) …創作大賞2024応募作品

【第5話】


その日は、二時間違いでもう一件お式があった。

享年53歳のお父様、石田優也(ゆうや)さんを亡くされたお家だった。

奥様・聡美(さとみ)さんと、一人娘の佳奈(かな)さん。
そして優也さんの弟様・雅也(まさや)さんが参列されていた。
開式の直前、娘の佳奈さんが、私に話しかけてきた。

「あの、父にちょっとしたメッセージを書いてきたんです。メッセージカードとかって、あとで棺の中に納めてもいいですか?」

先程の千羽鶴の母子の姿が蘇る。私は思い切って提案してみた。

「はい、大丈夫です。差し出がましいことを申し上げるようですが、もし宜しければお棺に入れられる前に、お父様へ読んで差し上げてみてはいかがでしょう」

私の提案を聞くなり、その白く細い指を顔の前でひらひらとさせる。

「いやいやそんな。聞かせる程の文章は書いてませんし。ちょっとしたメッセージなので読み上げるまでもないです」

「いらっしゃるのはお身内の方だけですし、それに周りの人に聞かせる為ではなく、お父様へ。折角ですからご自分の言葉で届けてみられてはどうでしょうか?もちろん、無理強いは致しません」

ひらひらさせた手を胸に当て、じっくりと心の内側で何かを咀嚼するように、首をうんうんとゆっくり縦に揺らしながら考えを整理しているようだった。

動かしていた首を元の位置に戻し、私の顔を真っ直ぐに見て口を開く。

「そうですね、では、そうします」

何かを決意したような意思の定まった表情に、次の瞬間、ふわっと赤みが差していく。
きゅっと結んだ口元が微かに開いて、白い歯が覗く。

思い切って提案してみて良かったと思った。


その後、葬儀式は滞りなく無事に終了し、花を手向けてのお別れの時を迎えた。

参列者が一通りお花を手向け、最後にお顔周りに納める百合と胡蝶蘭を残した所で、

「それではここで、長女様からお父様へのメッセージが拝読されます」

私は、どうぞと佳奈さんに声をかけた。

彼女は椅子に置いてあった鞄の中からメッセージカードを取り出し、ゆっくりと読み始めた。

「やっと試験に合格しました。お父さんのお陰です。これからも頑張るので見守っていて下さい」

それからそっとメッセージカードを閉じた。
カードの表面には、可愛い兎のイラストが描かれてある。
今にもぴょんぴょんと飛び出しそうな可愛い兎のメッセージカードを、
お父様のお顔の傍に静かにおさめると、もう一度小さく、ありがとうと呟いた。

私は胸の奥がじんわり熱くなっていくのを感じた。
良かった、直接想いを届けられて本当に良かった。

「長女様の想いが届けられました。お父様もきっと、お疲れ様、おめでとうと、喜んでいらっしゃることと存じます」

そう申し上げて、百合と胡蝶蘭をお渡しした。

**

出棺も無事に済み、今は収骨をされている頃だ。

壁に掛けてある数字だけの簡素な時計を見る。

ご収骨のあとは、本来七日後に営まれる初七日法要を、くりあげて当日に営まれる事が多いのだと山本さんは言っていた。

しかし石田家は、奥様のご意向とお寺さんとの事情もあり、きっちり七日後にご自宅で行われることになっていた。

紡黄の世界ではお別れ会をするだけで、
その他の宗教儀礼もなければ、初七日も四十九日の法要もない。

この時代は葬儀の後も色々と大変だなぁと、
他人事のように思いを巡らす。
今日は収骨から戻ってこられたら、お忘れ物がないか確認してお見送り…と。
次にすることを整理していると突然、

「山中さんを呼んでいただけますか!」

という怒号が聞こえてきた。

一気に緊張感が走る。
声の主は佳奈さんだ。
私は何かしてしまったのだろうか。
でも心当たりがない。

とにかく行かなければと事務所の引き戸を開くと、普段は絶対走らない山本さんが、短い廊下を小走りで向かって来ている所だった。

山本さんと一緒に、急いで佳奈さんの元へと駆けつける。

佳奈さんは今にも飛び出しそうな感情を抑え込むかのように、
両手で左右の腕をしっかり抑えている。
胸の辺りは、呼吸の度に大きく上下に動いている。
綺麗に整えられた山形の眉は、これでもかと吊り上がり、大きな瞳の中の濁りのない白目は所々赤くなっている。

「さっきのおめでとうって何ですか?」

え?唐突な言葉に一瞬思考が止まる。

「お疲れ様とか、おめでとうとか、父はそんな事決して言わないです。どうしてそんな勝手なことを言ったんですか」

その後、ひたすら謝る私に、今までの事を佳奈さんは話して下さった。

お父様とは、子供の頃から仲が良かったそうだ。
弁護士の父を誇らしく思う娘。
憧れと尊敬の念は次第に大きく膨らみ、いつか自分も父のように、自分の信じる道を生きていきたいと思ったそうだ。

いつもかっこよくて憧れだったお父様が倒れ、脳梗塞の後遺症で上手く話せなくなってしまったことを機に、
弁護士の仕事は辞めざるを得なくなった。
まだ42歳。
働き盛りだった。

それからというもの、お母様が保険の仕事を始めて家計を支えていったという。
お父様は、誇りだった仕事を続けられなくなり、自分はこの家の厄介者だと自身を責めるようになった。

大きく自信に満ち溢れていた父が、小さく弱くなっていくのが本当に辛かったと、涙ながらに話して下さった。

弁護士事務所を構える夢を叶えられなかった父に代わり、自分がその夢を叶えるんだと、
それまで目指していた税理士ではなく、弁護士になることを決めたそうだ。

けれど勉強も試験も思うようにはいかなかった。
お父様には亡くなる最期の時まで、決して応援はしてもらえなかったそうだ。

おそらくは自分の事を想う娘の気持ちを理解していたからだろう。
その事を娘さんもよく理解していた。
二人は言葉を交わさずともお互いを理解し合っていたし、互いを思い合っていたのだ。

メッセージカードに綴ったのは、
今後も頑張っていく、その決意を大好きな父の前で誓いたかったのだという。

何も知らない私は、理解し合っている父と娘の間に土足で踏み入ってしまった。

勝手な解釈を押し付けてしまったのだ。

傲慢でしかなかった。

人と人とが積み上げてきた日々、心の交流、
その歴史がそれぞれにあるのに。
その事に私は、今の今まで一度も思いを馳せたことがなかったことに気がついた。

**

肩を落とす私に、どうぞと、山本さんがカップを差し出してくれた。

フルーティーな甘い香りが、私の中の重い空気を払ってくれて、漸く息が出来た感覚がした。

「アップルティー。苦手じゃなかったら飲んでみて。私のお気に入りなの。美味しいわよ」

そう言って、手元のカップに視線を落として続ける。

「この仕事してるとさ、人の数だけ人生があるんだなぁって改めて気付かされるよね。
まるで木みたいにさ、太い幹も細い幹もあって。枝が幾つも分かれていて。
葉はその人の経験値で、花は…その人の成果や喜びを表してるのかな。
それぞれに歴史があって、当たり前だけど私達はその全てを知ることはできない。
葬儀という場で、その人の最後の節目を見送る人達は、どんな心持ちなのだろう。
それは容易にはわからない。
私たちに出来ることは、慮り、ただそっと寄り添うこと」

アップルティーを一口飲む、美味しい。
華やかで甘い香りが口いっぱいに広がり、鼻へと抜けていく。

そうですよね、と山本さんに返事をして、ふぅーと深く息を吐く。
窓に目を向けると、空には茜色が差していた。


亡くなった人がどう思ってくれているのか、
喜んでくれているのか、それとも心配してくれているのか、
あの人ならきっとこう思っているだろう、
この人ならこう言うに違いない、と亡き人を思い浮かべ、
一日の終わりに茜色に染まる空を眺めながら、時に月が浮かぶ暗闇を眺めながら、
そうして人は、答えもない問いをし続けるのかもしれない。

見送る人達が自分なりの答えを、それぞれの時間をかけて、これからの人生で模索していく。

お父様に決意表明をした佳奈さんは、活き活きとしたお父様の姿を心に浮かべながら、この先の弁護士の道をあゆんでゆかれるのだろう。

人はそうやって、大切な人との別れを糧に、前へ進んでいけるのだ。


***
第6話につづく
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