見出し画像

小説「葬送の旅」(6/10話) #創作大賞2024

【第6話】


つむぎ葬祭でアルバイトとして働き始めて、
二週間が経った。

一ヶ月間だけのアルバイト。
早いもので、その内の二週間が経過したという冷静な気持ちと、約束の一ヶ月までに、あとどれ位自分は成長出来るのかという焦りが去来する。

時期や規模、周辺の他社競合などの状況にもよるが、つむぎ葬祭では毎日連続で、コンスタントにお通夜やお葬儀が入ることはあまりないそうだ。

最近では、安価なプランを看板に掲げた葬儀社が連立した影響もあり、
依頼件数は年々減っていると、渡辺さんが愚痴をこぼしていた。

仕事がない間は、ただ只管待つことだけ。

他の商業のように、営業戦略を考えて販促を打てば、すぐに客足に響くというものでもない。

けれど只管に、人の死を待つというのは何とも複雑である。

誰かにとっての大切な人が亡くなるということは、誰かの人生に影響を及ぼす。
それは心だったり物質的な何かだったりする。

その一方で従事するものにとってのそれは、
有難い生活の糧、つまりは人生に繋がる。

命の営みとは、食物連鎖のように、巡り巡っているものだと痛感させられる。

あの日落ち込む私に、山本さんが入れてくれたアップルティーがやけに気に入り、
帰りに自分用のアップルティーを買った。

それからはコーヒーではなく、アップルティーが私の相棒になっていた。
カフェインも入っていないし、時間を気にせずに飲むことができる。

こうして人の死を待つ複雑な時間も、心に平穏をもたらしてくれる。

「紡黄ちゃんも、すっかりアップルティーがお気に入りだねー」

いつもの明るい声が降ってくる。
山本さんだ。

あれから私は山本さんのことを、梓さんと下の名前で呼ばせていただいている。
職場では、ハラスメントの問題や気の緩みを招く懸念がある為、下の名前では呼ばないよう、我が社では徹底している。

けれどあの日以来、姉のような存在になった山本さんに、紡黄ちゃんと呼ばれた事が嬉しくて、
あっさりと自分で決めたルールを破り、
梓さんと呼んでもいいですか?などとお願いしてしまった。

こんなの、うちのアルバイトの林田さんに知られたら、黙っておくからご飯に連れてって下さいね、なんて言われちゃうだろうな。

でもまぁ呼びあってみると、これはこれで結束力が深まる気がする。
向こうに帰ったら、柳木に早速提案してみようかな。
そんな事を思いながら、梓さんにお願いをしてみる。

「あ、梓さん。ちょっとお願いがあるんですけど…今日相談が入っている野口さんのことで」

「ん、野口さん?何、どうした?」

「…私が相談に入らせて頂いてもいいでしょうか」

きっといつものように、アハハハと豪快に笑ってくれるだろうと思っていたら、
口の端を少し上げてニヤッと笑ってから、
どうぞどうぞと答えてくれた。

その様子から、私がこうして手を挙げることを、梓さんには既にお見通しだったのだろうか。
少し恥ずかしくなりながらも、梓さんにありがとうございますと、軽く頭を下げる。

少し離れた所から、

「大した自信だよなぁー」

と三上の声がする。

みかみんいいじゃないのと、梓さんに宥められている。

未だにこの男を、''みかみん''などと呼ぶ気にはなれない。
三上の事は無視をして、私は事前相談で使う資料に目を通し始めた。

葬儀のご相談というのは、亡くなって初めてお身内の方とお話させていただくだけではなく、生前のうちに予め予算などを確認しに来られたり、
御家族の方が入院中の御本人に代わって相談されたり、
はたまた自身の意向を自ら葬儀社に伝えて、
もしもの時に焦らなくていいように準備を頼んだりと、
こうした事前相談なるものを希望されて、お越しになるお客様も少なくないそうだ。

就活、エンディングノート…
こうした言葉が世間で聞かれるようになってからの数年、事前相談の件数は一気に増えたと、渡辺さんがこの前教えてくれた。

紡黄のいる世界では就活を、誰もが余裕を持って取り組んでいる。
それが当たり前だった。

しかしながら、紡黄が普段行っている業務とは内容の違いがある為、これから説明することをしっかりと整理した。

30分程集中した後、時計は予約の15時手前を指していた。
私は呼吸を整え、相談室へ入る。

テーブルを挟んだ向こう側には、渡辺さんが通してくれている二人組が既に座っている。

長い黒髪を後ろで一つに結び、縁無しの眼鏡をかけている女性と、淡いクリーム色のカーディガンを羽織っている女性だ。

私がご挨拶をすると、二人とも穏やかな表情でぴたりと呼吸を合わせ、二人同時に頭を下げた。

「今日はありがとうございます。今朝お電話したばかりで、こんなに直ぐにご対応いただけるなんて。こちらの都合に合わせて下さりありがとうございます」

メガネの女性が言うと、
良かったわよねと、カーディガンの女性も頷く。
ほんとほんと、と二人で顔を見合せて相槌を打つ。
仲が良い。
二人は姉妹だろうか。

ほのぼのとした雰囲気に少し緊張感が解れる。

「いえ、とんでもございません。こちらこそ、本日はわざわざ足をお運び下さりありがとうございます」

「あのそれでですね、一緒に住んでいる母の相談なんですが、今、96歳で。有難いことに食欲もありますし元気なんです。
でも、歳も歳ですし何があるか分からないじゃないですか。
それで妹とも相談して、もしもの為にと思って。どんなプランがあるのかお聞きしたくて」

そうそう、と隣で頷いているカーディガンの女性が、妹さんなのだと理解した。

「大切なご相談の依頼先に弊社を選んで下さり、ありがとうございます。お力になれるよう精一杯努めさせていただきます。早速、弊社の葬儀プランですが…」

私はパンフレットを開いて見せた。
その後、姉妹から希望などを伺ったり質問に答えたり、紡黄の方からも姉妹に質問したりしながら約30分の相談は終了した。


事務所に戻り、メモを取ったノートを広げる。


・野原キミコ様。96歳。お子様は三人。長女の陽子様、次女の朝陽様、そして相談にはいらっしゃらなかった三女の陽向様。

・キミコ様は陽子様の御家族と同居。朝陽様は同じ地区内に家族で住んでいらっしゃる。陽向様は独身で県外在住。

・キミコ様のご希望は、仲の良い家族(お孫さん含む)だけで明るくアットホームに送ってもらいたい。精進料理を豪華にしたい。

・お嬢様方の希望は、みんなでとにかく明るく送り出してあげたい。


メモを見直しながら、帰り際の姉妹を思い出す。

恐らくこちらでお願いすることになると思いますが、末の妹とそれから母にも話してみます、と言って、また二人同時に深く丁寧に頭を下げてくれた。

改めて、とても感じの良い方々だったと思い返す。
けれど慣れない事はやはり疲れる。

紡黄の世界とはだいぶ葬儀の考え方が違うので、十年も経験しているとはいえ、時代が違うと初めてのことだらけだ。

最近空き時間が多かったお陰で、三上にこの辺りの事も教わっておいて良かったと思った。


***
第7話へとつづく
***

いいなと思ったら応援しよう!