小説「葬送の旅」(4/10話) …創作大賞2024応募作品
【第4話】
大きなTVモニターのような画面には、こちらに向かってにっこりと微笑む男性の表情が大きく映し出されている。
その周りには、白い菊とかすみ草をはじめ、紫、桃色、黄色、色とりどりの可愛い花々、
中には花開く時を今か今かと待ち構えている蕾もある。
完璧ではないそれら全てが、モニター傍の胡蝶蘭の凛とした佇まいを、より一層際立たせている。
生花は久しぶりに見た。
おじいちゃんがまだ元気だった頃、私の誕生日に大好きなモンブランと一輪の紫陽花をくれた。
小さな花が集まって大輪に見える紫陽花が、私は大好きだった。
やっぱり生花はいいなぁと思いながら、ゆっくり近づいてみると、ふわっと優しい爽やかな香りが漂ってきた。
花の蜜と香りに導かれる蜂のように、自然と花祭壇へと引き寄せられる。
存在感のある胡蝶蘭のすぐ下には、白とピンクの百合が放射線状に整列していて、その規則正しさにも見惚れてしまう。
花ミズキ社をはじめ、紡黄の世界のお別れ会に使う花は、全てプリザーブドフラワーで統一されている。
亡くなった人の存在も、その人を想う気持ちも永遠に…そんな願いが込められているからであった。
まるでお花畑のような美しい生花の花祭壇を見つめながら、ふと思う。
こんなにも美しいのに、どこか寂しさを感じるのは何故だろう。
今度は花祭壇から視線をずらして、右や左に移動させてみる。
親族一同と筆書きされた木製の札が、両脇に立てられているのが目に入った。
田んぼの中の案山子じゃあるまいし、こんな綺麗なお花畑になんとも似つかわしいなと思ってしまう。
紡黄にとってそれは初めて見る光景だった。
白い壁に沿って並んでいる供花。
ここにも個人名が書かれた木製の札が右に二つ、左にも二つ。
それぞれ銀製のバケツに長い脚が付いたような器に、目印のように付けられている。
その中には白や黄色、紫色の花々があり、
花祭壇よりも小さくまとめられてはいるものの、こちらも負けじと今が一番綺麗だと言わんばかりに、生き生きと咲いている。
乳白色とオレンジ色の照明、どこまでも続く白い壁、足元はくすんだ茶色のフローリング。
紺色の椅子が整列してある。
ぐるりと式場を見渡したあと、もう一度正面中央のモニターに目をやる。
にっこりと微笑んでいるのに、やはりどこか寂しさを感じる。
葬儀業界に身を置いて、もう十年の時が経つというのに、人を見送る場所は、こんなにも複雑な場所であっただろうかと戸惑う。
美しさと寂しさ、厳かで物憂げ。
こんな気持ちを抱くのは初めてだった。
「ごめんねー!電話が長引いちゃって」
明るい声が、私の複雑な心境に光を差してくれる。
手を胸のあたりで合わせ、何度もごめんねと言いながら、しかし特に焦るでもなく走らない所を見ると、流石だなと思う。
うちのアルバイトの林田さんはすぐパタパタと走ってしまう癖が発動するので、
葬儀式場は走っちゃだめ!危ないのもあるけど、ご遺族の方の心を乱してしまうでしょ、と何度注意しても、
すみませんと謝った次の瞬間にはもうパタパタと走ってしまう、
つい先日の林田さんの姿が、今は昔のように感じられた。
「当家さんは一旦荷物を取りに帰られるって言うから、17時頃にはお戻りいただくようお伝えしてあるの。もうそろそろだと思うんだけど」
山本さんは腕時計に視線を落とす。
そんな事よりもと、ずっと抱いていた疑問を投げかけてみた。
「あの、故人さんが見当たらないんですが…まだ設定が間に合っていないとかですか?」
「え?設定?そこにいらっしゃるけど…」
眉根を寄せて答えるその声は急にワントーン低くなった。
「え?もう作動してあるんですか?見当たりませんけど。あのモニターも全然動かないですし」
口元は ''は''という形になっているが、は?という声が出ないでいる。
こんなに綺麗な人でも、こういう間抜けな表情を見せてくれると人間味を感じるなと思いながら、はたと気づく。
IT化の進んでいない時代に来たのだから、AI故人はいないに決まってる。いやでも、この時代でも遺影モニターくらいは流石に話をするだろう。
「あのご遺影、全く動かないですよね。画面は切り替わってるようですが、特に何も話さないんですね」
''は''という形状の口元からようやく絞り出すような声が出る。
「話す?ご遺影が?」
それから沈黙が続いた。
式場内に小さな音量のピアノ曲が流れている。BGMが流れていたことに漸く気がついた。
「すみません。ご遺影が話すわけ無いですよね。失礼しました。あの、で、故人さんはどちらに…」
正直、この時代はモニターも話さないのかと少し驚いたが、それもまた新鮮だなと思い直す。未知の環境の方が学び甲斐があるじゃないか。
適当に取り繕った質問に、山本さんは小首を傾げたが、すぐに何かに気がついたような顔になると、
「そういえば納棺が長引いてるって聞いてたのよね…あれね、結局予定通りに済んだのよ。だからもう故人様は棺の中にいらっしゃるわよ」
そうか。
この時代では、ご遺体が棺の中に納められているんだったと、タイムリープする前にネットで調べた事をぼんやり思い出す。
紡黄の世界では、ご遺族の許可をいただくとすぐに火葬することが基本となっている。
火葬のあとに、親戚や友人、会社関係など、
ゆかりの人たちを招いて改めて後日、お別れ会を開くのが主流なのだ。
そしてそれが、紡黄の世界での葬儀にあたる。AI故人が自ら参列者を迎え、こんな事があったなどとみんなで想い出を語り合いながら、和やかな時を過ごすのだ。
そのお別れ会のお世話をするのが紡黄の仕事だった。
「佐野家様、ご到着されました」
三上の声の後に、ぞろぞろと七人ほどの人達が入ってきた。
式場に足を踏み入れるなり、綺麗だね、良かったねと花祭壇を見ながら口々に話している。
一通り式場内を見渡し、花祭壇の写真を撮ったあと、一人のご婦人が棺へと向かう。
「顔を見てもいいですか?」
「もちろんです」
棺のちょうど顔にあたる部分の小窓を、山本さんがそっと開く。
顔を見た瞬間、
「お父さん!」
と言って、そのあとは言葉にならない声で何か語りかけているようだった。
そこから少し距離を空けた所で、小学生くらいの女の子が様子を見守るようにして佇んでいる。
まもなく、近くにいた私を見つけて駆け寄ると、手に提げていた白い紙袋をおもむろに前に出す。
「あのこれ、おばあちゃんに折ってきたんです。棺の中にいれてもいいですか?」
中を見ると、赤、青、緑、黄色にピンク、金や銀の折り鶴が、同じ方向を向いて並び、一本の白い糸に繋がれて幾重にも重なっている。
千羽鶴だ、と思った。
実際に見るのは初めてだったが、昔おじいちゃんから聞いた事がある。
「もちろんです。明日、お別れの際に納めて頂けますので、それまで飾らせて頂きましょうか?」
横から山本さんが丁寧に伝えると、女の子は安心したような表情で、
ありがとうございますお願いしますと、小さく答えた。
そして軽くお辞儀をしたあと、棺の前でまだ何か語りかけている母親らしき女性の元へと、戻って行った。
**
その後千羽鶴は無事に、亡き方に届けられた。
酒井清(きよし)さん、享年86歳。
喪主は、昨日お父さんと呼びかけていた娘のマリコさん。
千羽鶴を持ってきた女の子は、清さんのお孫さんの千夏(ちなつ)ちゃんだった。
花手向けのお別れの際に、
「漸く完成したよ。おじいちゃんが見たいって言ってた千羽鶴。ほら綺麗でしょ。持って行ってね」
小学五年生の千夏さんが語りかけながら、千羽鶴を柩へとそっと納める。
隣では、清さんの顔を優しく撫でるマリコさんの姿。
色とりどりの千羽鶴が、きっとおじいちゃんを、御家族の信じる場所へと導いてくれるだろう。
「おじいちゃん喜んでるかなぁ」
「えぇ…きっと。きっと喜んでくれてるわね」
母子はにっこり微笑み合っている。
その光景を見ながら、あぁここにAI故人がいたらなぁと思う。
AI故人は、生前に写真だけでなく、本人の声を登録する。
一文字ずつ、何百という音声を登録することで、それらを掛け合わせて、実際に本人が話しているように再生できるのだ。
更に思考や性格、好みまで、予めあらゆるデータを登録しておくので、それらが学習されているAI故人は、ほぼその人自身。
本人が答えてくれるも同然だ。
美しい花々と色とりどりの千羽鶴に囲まれて眠る故人は、なんだかとても美しく見えた。
生気はなく、人形のように白い肌で静かに眠っている姿と、
出棺時に火葬場へと持って行く為に、傍の机に立てかけられている遺影の写真とを見比べる。
写真のように目尻を下げ、目を細め、口角をあげて、穏やかに微笑みながら、
ありがとう大事に持って行くね、と言ってくれたなら。
在りし日の声が聞こえるなら、この目の前の母子はどれほど喜ぶことだろう。
やはり、AIを導入したおじいちゃんは間違っていない。
それじゃあ、何か足りないと感じるこの気持ちは、一体何なのだろう。
***
第5話につづく
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