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【読書感想文】「見知らぬ人」/ 紗倉まな

群像11月号で思わぬ拾い物。紗倉まな氏の中編「見知らぬ人」である。

互いに不倫している夫婦が共通の友人の結婚式に出席する話で、妻はそこで夫の浮気相手と出会い……というだけの話なのだが、この一行あらすじを聞いて、果たしてどれだけの人が食指を動かされるのだろうか。確かに不穏な匂いは醸しているものの、昨今凄惨な事件や奇怪な事件も多い中、わざわざこの日常テンションの不倫相手おさえました的な小説に前のめりになれる人は少ないのではないか。

ところが、蓋を開けてみるとまず率直に驚くのが“難読漢字”の多用。このエッジが作品の内容自体の歯ごたえと相まって絶妙な効果をあげ、読者を物語の中へずるずると引きずり込んでいくのである。

更に、前述したとおり、口語体でありながら、もはや“格調”といっても差し支えない、余りにも文芸的な“歯応えのある言葉”で交わされる丁々発止の大激論。その言葉のボディに——おそらく邪推を恐れずに言わせてもらえば、そこに彼女の“身体性”を持ってしか届き得ない“温度”がっており、その熱量でこれまたぐいぐいと惹きつけられ、まるで蜘蛛の巣に絡めとられたように読めば読むほどその深みに堕ちて行かざるを得ないのだ。いわゆる「一読巻を措く能わず」の“領域展開”が為されている代物であることは間違いない。

ただぶっちゃけ、あんな風にディベートでもなんでもない普段の日常会話において、とことん文芸的で、理論的で、理知的で、あるいは思弁的な会話をしあって、マウントを取り合う二人なんて現実的ににはあり得ない(はず、だよね?)。もしも“リアリティ”の意味するところが「説得力」を指しているのであれば、常識的に考えて、それは“踵の浮いたやりとり”にしかならないはずで、かてて加えて、ただでさえ飽きっぽいドパガキ真っ盛りの現代人を留めおくなんて土台無理な相談な

しかしだ諸君。おかしなことに、その文芸的に研ぎ澄ませた互いの理論武装の熱が高まれば高まるほど、その人物らに固有の“熱波”が与えられ、なんなら“背骨”やら“影”まで与えられてしまっていて、大げさでもなんでもなく「説得力」どころか、“リアリティ”とはそもなんぞや? と、考え直さなくてはならないところまで小生は追い込まれてしまった。いみじくも「」と語ったのは作家の佐藤春夫であったか。恐らく、それの答えが紗倉まな氏の中編「見知らぬ人」の中にはある。

紙から電子の時代になり、本屋はますます潰れども、日々、形を変えて数多くの書物がまだまだ出回っている。糞みそ一緒のその中で、我々は手に取るべき一冊を目を皿のようにして選ばねばならない。何を基準に選ぶかと言えば、円安物価高で険しくなる一方のこの経済状況の中、どうせ金を払うのなら、“その一冊でなければけして味わえないものが横たわっているかどうか”が大きな指標となり得よう。考えてみるまでもなく、我々が貴重な時間と金を割き、コンサートや映画にわざわざ足を運ぶのも、それはそこに行かねば絶対に味わえない“オンリーワン”が存在しているからに他ならないからではないか。であるならば、少なくともこの小説「見知らぬ人」には、その“オンリーワン”が横溢している。
セックスと灼熱の神保町、そしてヒールと掻き毟るカンジダという荒ぶる「熱」。その行間に横たわる「熱源」こそ、間違いなく“彼女にしか描けない小説”を担保している正体であろう。

あそこまで言葉を尽くし、熱に浮かされたように概念の痒いところに手を届かせる執念と、その迸りに小生はほとほと舌を巻いた。自分が言いたいこと、掴んだものを一ミリも揺るぎなく読者に叩き込む手腕、狂気、執着。その毒々しいまでの熱エネルギーに正面からあてられ、偏見がなかったとは言えないセクシー女優出自の作家紗倉まな氏に、果てしの無い降参を余儀なくされた。
また、言うまでもなくその“熱”は彼女の文才と有機的に紐付いており、小生は、その烈々たる知性にひとめ惚れもしたし、憚らずもおおいに嫉妬もしたのである。

<了>

#読書感想文 #紗倉まな #見知らぬ人

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うたがわきしみ 水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。

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