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「現役世代は絶対にスキ押すべからず」良いものが売れるとは限らない。悪いものが売れないとは限らない。

良いものが売れるとは限らない。悪いものが売れないとは限らない。

が、トドノツマリ。売れなければ困るのが経済であり、資本主義経済の根幹をなす。しかしながら、芸術を定義する上で「売れるか売れぬか」は定義上の因子となることは無いのであるということをもう一度確認、想い出しておくことが必要でもある。

もしも「売れる前提」が機能しての芸術であり芸術性という事であれば、芸術は死んでいる。

そして売れるため、売るために芸術に作者以外の手が入るとすれば、芸術はその瞬間に殺されたに等しい。そういう意味において、芸術家の持つアイデンティティーやイデオロギーの口を閉ざそうとする行為は、すでに未必の故意であり、むしろ故意致死とも呼べる所業である。

芸術(藝術)を売らんとして血道を上げる努力を否定するものではない。職責や職務上の立場を軽んじるものではない。

芸術として存在し得るのか、存在し得ないのかという本質的な視点と、売れるか売れないかを混同させるべきではない。もう一度言うが、もしも「売れる前提」が機能しての芸術性という事であれば、芸術は死んでいる。売れるため、売るために芸術に作者以外の手が入るとすれば、芸術はその瞬間に殺されたに等しい。

して考えたとき。
わたしは自分の作品の芸術性を生かすことを選択することは間違いない。
我が芸術性を引き替えとして人の手が入ることを容認する芸術家では、わたしはない。ケセラセラなのであるよ。この歳だ。今更という事に過ぎぬ。
寧ろ、ゴッホのそれであるように逝ければそれもまた是でもある。
仕方がない。そういう人間だ(笑)
有り難うございます。感謝します。
ただ、そういう奴なのです(笑)

一生懸命。事ある毎にこの原稿にアクセスをしてくれる。
「下ろせって、プラスにならないから」そう言う声が聞こえてくるような、けして上からの声ではなく、ある種の慮った惜念が滲んだ足跡をのこしていただけている。無理なのだ。書く目的が違うから。
例えば何かの新人賞を本気で狙っているかと云えば、わからない。
そのことに血道を傾けられるかと云えばNoだ。行きがけの駄賃。そう。寧ろわたしにとっては「釣ったと、釣れた」ほどの違いなのだ。
人それぞれ許容のベルトの穴の位置は違うかろう。それだけのこと。

ただ、今を生きる若い衆。現役世代は長いものに巻かれて「黄色い花」のふりをしておくことに「損」はない。
赤い花が黄色くなることは無いのである。まぁ、あだばなよ(笑)

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