[週末美術館] ピカソ meets ポール・スミス at 国立新美術館
多才で多作なクズ男
ピカソ、その本名はパブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソと言うらしい。「落語の寿限無か!」とつっこみたくなる。もうピカソを呼ぶ時はピカソだけでいい。
ピカソは芸術の方面ではかなり多才で、多作。絵画のみならず、版画や彫刻などにも造詣が深く、91歳で他界するまで毎日のように作品を生み出し、その作品数は実に15万点以上にものぼっている。そしてこれはギネス・ワールド・レコードにも記録されている。
しかし、女性関係に非常にだらしなく、正妻が二人、Wikipedia で確認できるかぎり、更にもう7人のパートナーが居たらしい。しかし、本当にこれだけだったかどうかは分からない。でも、もう馬鹿馬鹿しくてそんなことを調べる気になれない。またある時などは、ピカソの愛を求めて詰め寄る二人の愛人に喧嘩をけしかけ楽しんでいたそうだ。もう開いた口が塞がらないほどのクズっぷりだ。
だがピカソが如何にクズかはどうでも良い。「死ねばみな平等、誰しも等しく弔わられないとならない」などという高尚な仏教的価値観を持ち出す気は、僕にはない。クズ男のJazzミュージシャンが多くの人々が感動する演奏をすることだってあるのだ。それとは関係なく、僕は芸術を彼らの人間性から切り離して見ている。そう思いたいくらいピカソの作品は面白い。
さて、以下に示すピカソの肖像写真と、最初の妻オルガの写真とその時の彼女を描いたピカソによる肖像画は、筆者が10年以上前にパリのピカソ美術館を訪れた際に撮ったものだ。多くの方が「え? ピカソってこんな写実的な画も描いているの?」と驚くかもしれない。しかしピカソは多様な画風を駆使したカメレオンのような画家である。きっとフェルメールやベラスケス風の画だって、まぁ本人がその気になれば、描いただろう。
そしてかなり気分屋だったようで、このオルガの肖像のように描きかけの画を途中でほっぽり出すことが多々あったらしい。そう考えると、彼が『ゲルニカ』や『ラズメニーナス(ベラスケスへのオマージュ)』などの超大作を途中で投げ出さずことなくちゃんと描き上げたことは奇跡に近い。


ピカソ meets ポール・スミス
ところで現在、パリのピカソ美術館の作品を紹介した巡回の展覧会が開催されており、この夏は東京の国立新美術館へやって来ている。しかも、なぜか日本では『ピカソ meets ポール・スミス』と銘打って、服飾デザイナーのポール・スミスがその内装を手がけている。


ちなみに上記からいちいち『パリの』と断っているが、ピカソ美術館はそこら中にあり、どこのピカソ美術館かでその様相はガラッと変わってくる。そして筆者はパリ以外にもバルセロナとマドリッドのピカソ美術館を訪れたことがあるが、それはいずれ機会があれば書きたい。しかし、今後この記事内で何も表記がなければピカソ美術館と書かれていれば、それは暗にパリのピカソ美術館を意味する。
さて、この展覧会のもう一人の主役であるポール・スミスについてだが……。
この文章を読んでいる方は、服飾デザイナーのポール・スミスが今回のように内装デザインを手掛けるのは意外と思うかもしれない。だが実はそうではない。と言うのも、自動車が好きな人は彼が長年 MINI の特別仕様車のデザインをしていることを知っているだろうし、一部の施設では彼が内装をデザインしているからだ。
以下はポール・スミスの故郷、UK のノッティンガムのシティ・センターにあるブロードウェイ・シネマで筆者が撮った写真である。この映画館の一部のフロアはポール・スミスが内装デザインを手がけているのだ。これはポール・スミスの服飾品をご存知の方なら、そのストライプの椅子で「あ、ポール・スミスのトレードマークだ」と気づくかもしれない。
そんな人はここはすごい名所にように思えるかもしれない。でも僕のようにこの国に住んでいた(住んでいる)ならいざ知らず、わざわざ UK まで行ってこの映画館を観ようとするほどすごい場所でもない。言ってみれば、ちょっとスタイリッシュな小規模映画館といったところだろう。
少なくとも、もし僕が「ここをぜひ観に行きたい」という日本人に出会ったら、「そんな時間があるなら、この国でもっと観ておいた方が良い景色がたくさんありますよ」と忠告するだろう。

そんなこともあり、この投稿で紹介しているこの展覧会は、展示している作品のみならず、その会場もが作品となっている。そこで先日、僕はこの展覧会の開催直後にピカソの作品のみならず、その展示スペースも含めて堪能して来た。
展覧会の風景
前振りが長くなってしまったが、ようやく肝心の展覧会について紹介する。
この展覧会は、00から15まで、16の展示スペースに区切られ、各スペースにはそれぞれ異なるコンセプトで展示が行われている。そして、そのコンセプトに合わせて部屋がデザインされているのだ。
しかし、中にはこんな感じでブランクとなっているスペースもある。でもこれは形而上的なブランク・スペースであって、形而下では立派なアートになっている。「ブランクスペース?」と、そんなことはこの展示スペースをデザインしたポール・スミスが許さなかったのかもしれない。知らんけど。
そして16の展示スペースを紹介すると長くなるので、ここでは5つに絞って紹介したい。

まずはストライプのコーナー。
ここではこの展覧会の目玉展示となっている “The Reading” という作品ほか、画の中にストライプが入った作品が展示されている。そして、このスペースの壁はそれらの作品に描かれたストライプ模様で装飾されている。
ポール・スミスの商品をご存じの方はこれが彼のデザインとリエゾンしていることが分かるだろう。彼とピカソの親和性がとても高いコーナーである。

次に闘牛のコーナー。
ここは基本的に情熱的な赤でベタ塗りされたスペースとなっている。
闘牛の盛んなスペインで生まれ育ったピカソにとって、牛、闘牛はとても重要なモチーフだ。それは1937年の傑作『ゲルニカ』にも描かれている。

ところで、そのゲルニカはマドリッドのマドリッドのソフィア王妃芸術センターに展示されている。僕が訪れた当時は残念ながら写真撮影は禁止されていたが、おそらく今もそうだろう。でも全ての作品が撮影禁止というわけではなく、こんなことをして遊んでいた。

ピカソは過去の巨匠へのオマージュとなる作品も描いている。
代表例は上記で触れたベラスケスの『ラズメニーナス』だが、ここではマネの『草上の昼食』をオマージュした作品がいくつか展示されている。そして、このスペースでベタ塗りされていて、床は人工芝で覆われている。
まさに草上で草上の朝食を展示しているのだ。

ここはまぁピカソのトレードマークとなっていたストライプのセーラーシャツをモチーフとしたスペースだ。まぁピカソは長くパリで活動していたからね。あと必要なのはベレー帽とバゲットくらいか(フランス男のステレオ・タイプ・イメージ)。
でもここに入って、僕がまずイメージしたのはピカソではなく、楳図かずおだった。彼は赤白のストライプなのだけど。

そしてこの展覧会最後のスペースはピカソの過去の展覧会のフライヤーが壁一面にプリントされたスペースだ。このスペースの雑多感は僕にパリっぽさを感じさせた。あの街落書きや張り紙が多いしね。

エピローグ
以上が六本木の国立新美術館で現在開催されている展覧会『ピカソ meets ポール・スミス』のレポートである。
なお、僕がここへ訪れた時には同じ国立新美術館で『森英恵展』が開催されていた。だからここを訪れる前は「そんな大物の展覧会を被せたら人でいっぱい」だろうと訝んだ。だが、外から見た感じでは、森英恵展の入場者もそこそこ多くて、そのおかげで観覧者が分散されていてスムーズに観覧できたような気がする。
ところで、この美術館では目玉展覧会のイメージしたケーキが毎回カフェで提供されている。そこで「ピカソをイメージしたケーキってどんなのだろう?」と興味を持って、カフェの前で確認したところ、意外にもそれは森英恵をイメージしたものとなっていた。という事は、やっぱり美術館にとってこの時のメインは森英恵展の方だったのかもしれない。まぁ、MNインターファッション株式会社はこの近所だしなぁ……。
