ロバート・ルイス・スティーブソン
ア・ヤング・スチューデント
スコットランドの天気は変わりやすい。朝には吹雪いていたかと思うと、それが急に晴れ上がり、昼間には夏かと思うほど照りつけることもある。そんな移ろい易い空を、一人の大学生がじっとみつめていた。
彼の名はロバート・ルイス・スティーブンソン。名門エディンバラ大学で工学を専攻している学生だ。
–前夜–
「お前は何をやっているんだ? 勉学にも励まず、悪い友人と妄想に耽っていて……」
「うるさいな、黙っていろよ」
そう言うと、ロバートは家を飛び出した。
スティーブンソン家は灯台を設計する建築家の一家だった。そしてロバートもその道を継ぐモノだと期待されていた。しかし彼は数学や科学には興味が持てず、文学サークルに所属して日々歴史、哲学や演劇にのめり込んでいた。そして昨晩、優秀な灯台技師を勤める父トーマスと喧嘩をしたところだった。
その後、ロバートは父親と和解し、「弁護士になるのなら」という約束で法学へ専攻を変更した。彼は無事に法学課程を修了し、弁護士になった。しかし彼は弁護士としては一度も働かず、作家となるべく放浪の旅に出る。そして彼は英国を飛び越し、19世紀を代表する作家となった。
(現代) エディンバラを歩いていて - スティーブンソンとの再会 -
その時、僕は修士論文を書くためのコースワークを前にして、エディンバラで短い休みをとっていた。そしてエディンバラ・ウェイバリー駅(エディンバラ市の中央駅)から北に少し離れた人気の無い通りを歩いているていた。その時にこの案内を見つけた。

「そうかぁ、ここはスティーブンソンの生家だったんだ」
僕は思わずスティーブンソンの生家を前にして、子供の頃に夢中になって読んだスティーブンソンの作品を思い浮かべた。
そうなのだ、この時僕がいた国は幼い頃の僕に本を読む喜びを与えた作者達が生きた英国だったのだ。その中にはスティーブンソン以外にも、チャールズ・ディケンズ、サマセット・モーム、エミリー・ブロンテなどの文豪が名を連ねていた。別に意識したわけではないが、自分の趣味は昔から英国文学に偏っていた。そう考えると、ただスティーブンソンの生家に遭遇しただけで少し興奮した。何かが起こるわけでもないのに……。
眠りのなかうなされる男
「う、うぁ。あーー」
ロバートはベッドのなかで激しく悶えている。どうやら悪夢にうなされているようだ。額には玉のような寝汗がうかび、その顔は苦痛でゆがみ、眉間には深い皺が寄っていた。その光景を見た彼の妻ファニーは心配になり「あなた、どうしたの?」と彼を起こそうと軽く揺すった。次の瞬間、ロバートはゆっくりと目を開け、半身をゆっくりと起こした。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
彼の肩はまだゆっくりと上下している。それが彼の見ていた悪夢が壮絶なものだったことを物語っている。
「ど、どうして起こしたんだ? さっきの夢はこれまで一度も見たこともない程にとてもおぞましいものだったのに……」
この時見た夢を元にロバートはわずか3日で新しい作品の初稿を書き上げた。そして妻の助言を元にもう10日かけ、それは話として完璧なモノに仕上げられた。きっとロバート・ルイス・スティーブンソンの名前を知らなくても、誰もがその話のあらすじを思い浮かべることができるだろう。それが100年後も読み続けられるあの名作、『ジキル博士とハイド氏』だったのだ。
(現代) 人間の二面性、いやそんな大層なものではない
- 高い理想と怠惰な現実-
僕は一生懸命勉強していた。でもすぐに集中力が切れ、よくスマホでオンラインゲームに逃げていた。
「いかん、いかん。こんな事ではいつまで経っても修士論文を書くための作業が終わらない」
そうしてまた資料を読み、計算に励んだ。しかし内容があまりにも難しくて、数分毎に意識が飛んだ。「こんなの作業、日本語でやっても分からないのに、英語でやっているんだからできるわけないじゃないか!」などと、逆ギレすることもあった。
部屋の外ではポケモンGOをしながら暴れ回っている寮生の足音が聞こえていた。
しかし、なんだかんだと必要な文献を読み解き、僕はコースワークをこなしていった。ただ「背伸びして難しいテーマを選ぶんじゃなかった」と何度も後悔した。たしかに僕のスーパーバイザーは「このテーマはチャレンジングだけど良いのか?」と尋ねたが、選んだ時はまさか髭も剃る暇おなくなるくらい作業に追われるとは思ってもみなかった。
子供の空想から着想を得た名作
ロバートは息子ロイド(ファニーの連れ子)が絵を描くところを眺めている。
「何を描いているんだ?」
「宝の隠し場所だよ。ここに木があって、夏至の日の夕方、陽が沈む時だけ、その宝の在処が木の影で指し示されるんだ」
「そ、そうか」
ロバートは息子の描く宝の地図に、新しい物語の着想を得た。それから彼はカリブ海、西インド諸島にあり、ワニが多いためそのまま『ワニ島(ケイマン諸島)』と雑に名前をつけらるに至った辺境の島を舞台にして、伝説的海賊ビリー・ボーンズが隠した財宝を巡る冒険譚を創り上げた。その話は『宝島』と名付けられ、21世紀になった今でも男の子達に冒険への渇望を掻き立てている。もちろん、幼き頃の僕もその話を読んで「いつかは海の外に出る」と目を輝かせていた。

(現代) ブリストルにて
- スティーブンソンの足跡を追って-
スティーブンソンの著作は何冊か読んだが、その中で最も好きだったのは『宝島』だった。
僕が修士論文を執筆していたある日、全く筆が進まなくなった。それ以上研究を進めるには、ある文献がどうしても必要だった。そこで、それを探して取り寄せることにした。もうその書籍が届くまで何もできない。そこで、貴重な一日をつぶしてブリストルに小旅行に出た。ブリストルでは『宝島』の主人公ジム・ホーキンスの実家『ベンボー提督邸』のモデルとなったルランドガー・トロゥ(ゲーリッシュはとても発音しづらい)を訪れた。その時ここはベンボー提督邸よろしく、パブとして解放されていた。僕はルランドガー・トロゥに足を踏み入れ、端の席に腰をかけた。そこで地元のエール・ビアを啜っていると、大西洋の真ん中でラムを飲みながら疲れを癒す荒くれ者達の笑いが聞こえてくるような気がした。たった一日の旅行ではあるが、僕は完全にリフレッシュすることができた。
そしてその日の夜、ブリストルから帰ると、ドミトリーの僕の部屋の前に一つの小包が置かれていた。その小包の中には僕の待ち望んだ書籍が入っていた。こうして僕は無事に修士論文を書き上げることができた。

夕食中に
スティーブンソンは手の中でグラスの軽く回し、残りのワインを一気に飲み干した。
「はぁ、なんだかおかしな気分だ。頭がクラクラする。酔ってしまったかな?」
「あなた飲み過ぎじゃない?」と、妻のファニーが気をつかう。
「そうかな、そんなに飲んでいないけどな。でも少し横にならせてくれ」
そういうと、スティーブンソンは寝室に行き、ベッドの横たわった。そして、彼は二度と目を覚ますことはなかった。脳卒中だった。
晩年、スティーブンソンは英領サモアのウポル島で暮らしていた。そこで彼は、現地の人々に『トゥシタラ(話を語る人)』と呼ばれ愛されていた。1894年、享年44歳だった。彼は山頂に埋葬され、今でもそこで眠っている。

(現代) 帰国
- ふたたび日常へ -
僕は無事修士論文を書き上げ、卒なく審査を切り抜けた。危うい場面は多々あったが、僕は何とか英国での学業を終えた。それからは三週間ほどゆっくりして、さらにもう二週間、行きたくても行けなかった場所を巡って日本に戻った。一年ちょっとの英国暮らし、僕は日々の勉学に追われながらも充実した日々をすごす事ができた。さぁ、これでようやく自分の読みたい本が読める時間がとれる。まずはスティーブンソンの作品をいくつか読み直してみよう。
そうして、僕はまた日本での慌ただしい日常へ戻っていった。

注意
この話はロバート・ルイス・スティーブンソンに関するエピソードをもとに書かれたフィクションです。
