死にたいと思った過去と生きる理由 ~強い自分を演じていた~
放浪の旅へ出る前に伝えたいこと
2025年7月、僕は仕事を辞めて、日本を旅する暮らしを始めます。
名前をつけるなら、「人生放浪記」。
自然と遊び、人と出会い、自分の心のままに生きていく。そんな生活を、思いきって選ぶことにしました。
でも、その前に――
どうしても伝えておきたいことがあります。
今、これを読んでくれているあなたに。
「楽しそうだね」その裏にあったもの
「いつも楽しそうでいいね」
「自由に生きてて羨ましいよ」
そんなふうに言われることが多々あります。
たしかに、今の僕は自分のやりたいことに挑戦しようとしている。
だけど、ここまで来るまでには「死にたい」と本気で思ったことが2回あります。
1回目は、小学3年生?の夏休み。
2回目は、つい最近のこと。
あなたにも、ふと「何のために生きてるんだろう」って立ち止まってしまう日があるでしょうか。
小学生の僕が感じていた「家の中の息苦しさ」
小学生の頃、本気で「死んだほうが楽かもしれない」と思ったことがあります。
包丁を見つめながら、ふと考えてしまった。
「これで手首を切れば、死ねるのかな?」って。
もちろん怖くて、実行には移せませんでした。
でもそれくらい、毎日が苦しくて、先が見えなかった。
原因は、家庭の空気でした。
両親の仲がうまくいっておらず、小学生だった僕の目の前で、毎日のように言い合いが続いていました。
「どっちが正しいと思う?」「お父さんとお母さん、どっちの味方をするの?」
そんなことを、子どもに問いかけてくる。
僕はまだ小さかったのに、そのたびに空気を読み、言葉を選びながら、父と母の間を行き来していました。
どちらの味方になるのが正解なのかもわからない。
でも、とにかく「怒らせないようにしなきゃ」と、それだけを考えて生きていた気がします。
そんな日々の中、たまたまテレビで“家族が崩壊していくドラマ”を見たとき、
胸の奥に重たい不安がずしりとのしかかってきました。
「うちも、こんなふうに壊れていくのかな…」
「もし離婚したら、僕はどっちについていけばいいんだろう」
そんなふうに考えるのが、嫌でたまりませんでした。
安心できるはずの家で、気が抜ける場所なんてどこにもなかった。
さらに、タイミングは“夏休み”。
学校という逃げ場もなく、朝から晩まで家にいなければならない。
外に出かけたくても、地元は田舎町。親の送迎がなければ、友達の家にも行けません。
行き場のない息苦しさが、どんどん心を追い詰めていきました。
「生きてても、楽しくない。どうせなら、もう終わってしまいたい」
そんな思いが、頭の中をずっとぐるぐると回っていた。
でも、夏休みが終わって学校が始まると、少しずつ気持ちが戻ってきました。
クラスメイトと話したり、先生と顔を合わせたり、学校での日常が、僕の心を少しずつ元に戻してくれた。
あのときはまだ、「生きていく」ことを、自分の力だけでは支えきれなかったのかもしれません。
それでも、学校に救われたあの経験は、今でもずっと僕の中に残っています。
そして最近も、もう一度「死にたい」と思った
つい最近、ふとこんなことを思ったんです。
「何のために生きてるんだろう?」
「人生にこんなに迷って苦しいなら、いっそ死んだほうが楽なんじゃないか?」
本気でそう感じていました。
何のために生きているのか、もうわからなくなっていた。
「仕事を辞めて、自分の人生を歩むべきか?」
「それとも、このまま社会のレールに乗って生きていくべきか?」
ひとりで、ずっと考えていました。
でも考えるほど、心の中は迷路みたいになっていって。
自分が何をしたいのかも、なぜ生きているのかも、見えなくなっていった。
「この先も、ずっとこんなふうに悩み続けるのかな」
「だったらもう、生きてる意味なんてないんじゃないか」
そんなふうに、出口のない気持ちが重くのしかかっていました。
でも――今回は、小学生の頃と違っていました。
ただ押し込めたり、無理に笑ったりするんじゃなくて。
ちゃんと、自分と向き合おうと思えたんです。
「本当は、どんなふうに生きたいの?」
「自分は、何をしているときに心が動くんだろう?」
答えはすぐには見つからなかったけれど、何度も問い直しているうちに、
心の奥から、小さな願いが浮かんできました。
「旅がしたい。もっと世界を見たい。もっと自由に、自分らしく生きてみたい」
気づけば、その想いが、自分を支えていました。
だから今、僕は仕事を辞めて放浪の旅に出ることを決めました。
もちろん怖いです。不安もあります。
とくに、お金のことを考えると、怖さは何倍にも膨らんでいく。
でも、自分と正直に向き合ったからこそ、わかったんです。
「自分が怖がっていたのは、“生き方”じゃなく、“お金がなくなること”だったんだ」って。
そうやって、不安の正体がわかっただけで、少しだけ心が軽くなった。
“死にたい”と思っていた自分が、“生きてみよう”と一歩踏み出せた。
その時間は、苦しかったけれど、人生のなかで大切な転機になったと今では思っています。
倒れるほど働いていた大学時代
「死ななかったけど、人生で一度、本気で倒れたことがある。」
それは大学1年生の頃でした。
入学したての春。コロナで新歓もなく右も左もわからないまま、僕はひとり暮らしを始めました。
仕送りはゼロ。学費も生活費もすべて自分で稼がなきゃいけなかった。
その現実に、のんびりしている余裕なんてなかった。
バイトは2つ掛け持ち。1つは週4日、もう1つは週5日。
“週9で働く”生活が、当たり前になっていきました。
お金を浮かせるために、毎日自炊。食費も削って生活。
時間もお金も足りなくて、知らない土地に1人で、頼れる人もいなくて心の余裕なんてどこにもなかった。
ある日、いつものように本屋のバイトで作業していたときのこと。
しゃがんでいた体勢から立ち上がった瞬間、視界が真っ暗になった。
気づいたら、床に倒れていた。
「ここ……どこだ?」
目を開けたとき、何が起きたのか全くわからなかった。
自分では立っているつもりだったのに、実際には倒れていた。
周りの景色がまるで違って見えて、頭が混乱していた。
病院で診てもらうと、「起立性貧血」と言われた。
体重を測ると、ひとり暮らし前から2ヶ月で7kg減っていた。
たった数ヶ月で、身体も心も限界まで削れていた。
「がんばるのが当たり前」そう思っていた。
でも実際は、自分の声にまったく耳を傾けていなかった。
「もっと食べなよ」「少し休んでもいいよ」
そんな当たり前の言葉を、自分にかけてやる余裕すらなかった。
あのとき、本当に倒れてよかったのかもしれない。
あれがなかったら、僕はもっと自分を壊していたかもしれない。
生きる理由がわからなかったけど、それでも
「私が生きてる理由って、なんだろう?」
何度も何度も、考えてきました。
でも正直、今の私には「これが理由!」と言えるようなものは、まだありません。
特別な使命があるわけでもないし、何かのために生きているという実感もない。
でも――それでも、私は「生きてみよう」と思っています。
なぜなら、生きていれば、面白いことにいくらでも出会えるから。
まだ見たことのない景色、知らない人との出会い、やったことのない挑戦。
この世界には、そんな「おもしろいこと」が無数に広がっている。
私はそれを、もっと知りたい。もっと味わいたい。
「どうせ生きるなら、おもしろがりたい」
そんな気持ちで、これからも知的好奇心のアンテナを大切にしながら、いろんなことに挑戦していきます。
これからの僕、そしてあなたへ
仕事を辞めて、旅に出る。
不安はあります。怖くないと言えば嘘になります。
でも、「どう生きるか」は、自分で決めたい。
もう、がんばりすぎなくていい。
もう、ひとりで抱えこまなくていい。
頼ることも、弱音を吐くことも、恥じゃない。
むしろ、そうやって誰かとつながるほうが、人間らしくてあたたかい。
あなたはどうですか?
心の声、ちゃんと聴けていますか?
いま、苦しくないですか?
もし少しでも、重たいものを抱えているなら――
無理に元気にならなくていいから、せめて「自分にやさしく」いてほしいと思います。
これからの人生、もっと自由に、自分らしく、楽しんで生きていきます。
正直、仕事を辞めた今、不安がゼロかと言えば嘘になります。
「本当に大丈夫かな?」って、夜にふと不安が押し寄せてくることもある。
でも、将来のことばかり考えすぎて、「今」を犠牲にしていたら、本末転倒だと思ったんです。
未来を心配するあまり、今を楽しめなくなってしまう。それって、すごくもったいない。
だから私は、「今」をちゃんと味わう生き方を選びたい。
後から振り返ったときに、「あのとき楽しかったな」「思い切ってよかったな」って思えるように。
そして、もう一つ心に決めたことがあります。
これからは、「頑張りすぎない」こと。
ずっと、無理して強がってきた自分がいました。
弱さを見せたら、嫌われるんじゃないか。そんな不安があって、なかなか人に頼れなかった。
でも最近、ようやくわかってきました。
弱さを見せたって、誰かがちゃんと受け止めてくれる。
「助けて」って言っても、大丈夫なんだって。
それに、人って誰かの力になれたとき、すごく嬉しい気持ちになるものですよね。
だから、自分も誰かに頼っていいし、自分も誰かを支えながら生きていきたい。
一人で全部抱えこまなくていい。
完璧じゃなくていい。
そのままの自分で、ちゃんと生きていける。
これからの私は、そうやって人に支えてもらいながら、そして誰かの力にもなりながら――
自分の人生を、全力で楽しんでいきます。
最後に
ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。
このnoteを書くのは、実はとても怖かった。
でも、誰かが読んでくれて、「わかるよ」「私もそうだった」って言ってくれるだけで、
生きててよかったなって思えます。
私自身、みなさんがnoteを読んでくれ、「スキ」や「コメント」してくれることが嬉しく、このnoteを書き続けられています。
あなたの人生にも、きっと光がある。
それは、今は見えなくても、歩いていけばちゃんと出会える。
またどこかで、あなたの話も聞かせてください。
そして、今日も生きていてくれて、ありがとう。
これからも自分の人生を楽しく生きていきましょう!
次回
京都で海の家作ってきた!
次回からはこれまで通り、楽しい人生について投稿していきます。
時系列ズレますが、海の家開催中に知ってほしいと思い投稿します。
ここから先は
旅の資金に使われていただきます! これからも人生全力で楽しんでいきます 🔥
