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自分の「削り方」を変えてみる|エッセイ|30代|創作|働き方|

最近ある動画を観てから、自分という人間を使って、もっと何かを「創作」したい、という気持ちが強くなっている。


停滞の中で出会った指針

出会いのきっかけは去年、風邪で自宅療養していたときだった。たまたまYouTubeのおすすめに上がってきたのが社美緒さんの動画だった。


社美緒さんは、数多くの人気店を抱えるホストグループ「Group YGD(グループ ユグドラシル)」の会長を務める経営者だ。

プレイヤーとして数々の伝説を残しただけでなく、現在は若手ホストたちの人格形成やプロ意識を厳しく、かつ愛情深く育てる姿を発信されている。


私はホストクラブという場所に一度も行ったことがない。だから、これから書くことはあくまで「動画を通じて受けた印象」に過ぎないことを、どうか許してほしい。


当時は仕事が思うようにいかず、これまでのやり方が通用しなくなっていた時期。彼が語る組織論や管理職としての向き合い方、一プレイヤーとしての立ち居振る舞いなどは異業種で働く私にとっても非常に本質的で、過去動画を一気見するほど引き込まれた。実際の現場の空気を知らない者が語るのは烏滸がましいかもしれないが、それでも、画面越しに伝わる言葉は私の心に深く刺さっていった。

今でも新しい動画が更新されるたびにチェックするのが日課になっている。

自分をどうやって削るか、そんなこと考えたこともなかった。

先日公開された、九条音弥さんにフィーチャーした動画を観た。

九条さんは「前職が救命救急の看護師」という異色の経歴を持つホストだ。その仕事力は圧倒的で、2年連続売上2億円超えという驚異的な記録を持ち、「パーフェクトホスト」とも称されているらしい。まさにユグドラシルを象徴するカリスマの一人だろう。


そんな彼ですら、動画の中では「やり切ったがゆえの停滞」に直面していた。

そんな彼に対し、社美緒さんが放った言葉は、自分のことのように響いた。

「俺はものを作る時に大事にしているのは自分をどうやって削るかなんだよね。鉛筆だと思っているから、自分のこと。削って削ってひねり出したものしか人を感動させられないと思ってて(中略)削って削ってひねり出したものしか人を感動させられないと思ってて」

Mio Yashiro TV 「何も増えてないよ」6年近く歌舞伎町の最前線で走り続けた九条音弥に社美緒が言い放ったこの言葉の意味とは…

「内省」から「創作」へ

この言葉を聞いたとき、私は自分を「削る」という行為の目的を履き違えていたことに気づかされた。

これまでの6年間、私も全力を出し切って結果を積み上げてきた自負はある。けれど、その削り方は周囲に適応し、組織の中で機能するための「摩耗」でしかなかった。
また、このnoteも、結局は自分の内側を整理して納得させるための、閉じられた作業で終わってしまいそうだった。

けれど、社美緒さんの言葉は「書くために削れ」と言っているように聞こえた。
ただ自分を見つめるだけでなく、自分という鉛筆を削って、その芯で、外に向かって何かを作り出すこと。その「創作」への欲求が、今の自分の中に静かに生まれている。

コンテンツに、自分の人生をぶつける

これから何を作るべきか、具体的な答えはまだ出ていない。

けれど、これからは自分の内面を見つめるだけではなく、本を読んだり、今回のように心に刺さったコンテンツの感想文を書いていこうと思う。


それは単なる紹介ではない。

九条さんのようなカリスマであっても、私のような一会社員であっても、何かにぶつかって削り出された言葉には価値があるはずだ。

そのコンテンツに自分の人生や経験をぶつけたとき、一体どんな言葉が削り出されるのか。自分という鉛筆でしか書けない視点を、一つの「創作物」として形にしていきたい。


妥協の安寧に浸るには、まだ早すぎる。

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