見出し画像

稼がない私には、価値がない?

「稼がない私には、価値がないのか?」
夫の海外赴任がきっかけで仕事を退職してから、ずっとこの問いが胸の中にあった。
10年かけて、やっと一つの答えに辿り着いた。

もちろん今振り返れば、海外生活や作品作り、語学の勉強や子育てなど、外から見れば「十分に動いていた」と思われるかもしれない。でも、そのどれもが、当時の私には「自分の価値を証明する材料」にはならなかった。

そんなモヤモヤを抱えたまま過ごした日々を、今日は振り返ってみたい。


夫のオーストラリア赴任が決まったとき、私はまだ第一子の育休中だった。
育休を利用して、一緒について行くことにした。

前職は空間設計。
日本では大手の会社に勤め、図書館の内装を手がけたこともある。
完成して、ついに図書館がオープンした日……魂が震えた。
「私の仕事が、人の居場所をつくったんだ」と実感した瞬間だった。
その後、何度か子どもを連れて、その図書館を訪れたこともある。


初めての海外生活は、衝撃の連続だった。
日本の「こうでなければならない」という常識は、あっけなく崩れていく。
あれもOK、これもOK……
決まった形なんて、何もない。だから間違いもほとんどない。

価値観が何度も塗り替えられ、そのたびに胸が熱くなった。

日本食スーパーすらない田舎暮らしだったけれど、不便よりも好奇心のほうが勝っていた。


育休が終わろうとする頃、私は思った。
会社に戻ったら、この体験は二度とできない。
正直なところ、一人で日本に戻って生活を立て直し、仕事と子育てを両立するのは難しいと感じていたし、子どもを育てるのに安心できる環境が整ったオーストラリアで、夫も一緒に過ごす方が、家族にとって良い選択だと思えた。


そして、机の上の退職届を見つめた。
手のひらが汗ばむ。
赤い印鑑を押したときの、乾いた音と感触は、今でも残っている。


会社という肩書きを失った瞬間、私はただの「私」になった。
驚くほど、無力に感じた。
そこで初めて気づいた。
私はずっと「会社で必要とされる私」「社会に役立つ私」に価値を置いてきたのだ、と。

「何者でもない私」
その存在を受け入れることは、想像以上に難しい。
今もなお、完全には受け入れられていないのかもしれない。
私って、何のために生きているんだろう。
そう思う日は、今でもある。


日本に戻ってからも、夫の次の赴任を見越して会社復帰はできなかった。
結局、赴任の内示はすぐに出たが、コロナで延期になり、日本暮らしは5年も続いた。
今思えば、あの時間で復帰できたのかもしれない。

未来はいつも見えない。

でも、その5年で子どもたちと過ごす時間は増えた。
版画やアクセサリーを作ったり、売ったり…
会社員ではできなかった経験もした。

人生はトレードオフ。
何かを得るためには、何かを手放す必要がある。
全部を抱えることはできない。

だから、決して意味のない時間なんかではないのだと、自分に言い聞かせた。


そして今、私はインドネシアにいる。
海外生活は、自分の人生を振り返らせる。
空気の匂いが違うからか、時間の流れが少しゆっくりしているからか。
その国の価値観が日本と全然違う…というのも大きいのかもしれない。

そんな中、この10年抱えてきた問いに、やっと答えが見えた。

たどり着いた答えは……
「働いていない私には価値がない」という価値観は、私の中から自然に生まれたものではなかった。
それはおそらく、社会や教育の中で、知らず知らずのうちに私に背負わせていた価値観。
現代の社会では、「働くこと=価値がある」とされる風潮が強く、私もその価値観に縛られていたのだと思う。

けれど、その荷物を背負い続けるかどうかは、私が選べる。
結局、それを手放すかどうかは、私自身の心の問題だったのだ。


海外への引越しや環境の変化が多い生活の中では、夫が稼ぎ、私が家庭を守ることで、私たちの生活は成り立っている。
家事も育児も、私がいなければ今の生活は回らない。
夫の人生について行く形で、自分の活動だって続けている。
それは、胸を張っていいことではないだろうか。

もちろん今でも、稼いでいない自分、社会の役に立っていない自分に、後ろめたさはある。
でも、それは私自身の内側の課題だとわかれば、少しだけ楽になる。


誰しもが、肩書きを手放す日を迎える。
その時に残るのは、社会から与えられた価値ではなく、自分が選び取ってきた価値なのだと思う。

私はもう、「社会に役立つ私」だけが私ではない。

図書館を完成させたあの日に感じた、あの震え……
あれは会社員だから得られたのではない。
「誰かのために、自分の力を使った」と実感できたからだ。


だから私は今日も、絵を描き、文章を書き、インドネシア語を学ぶ。
「何者でもない私」を、少しずつ好きになるために。
そしていつかまた、「誰かの居場所」のような何かを、つくれる日が来るといい。

いいなと思ったら応援しよう!