第二章 埋められるチップ
第一章はこちら:第一章:特定部位
入部してすぐの頃。
まだ俺がラグビーの “ら” の字も理解していなかった時期の
話だ。
OB戦というイベントがあって、
とりあえず人数合わせのためにウィングとして出場することになった。
ウィング──
サッカー経験者だから走れるだろ、というだけの雑な
理由だ。
実際「走る=合ってる気がする」という程度の理解しか
なかった俺には、ちょうどよかったのかもしれない。
試合は何とか終わり、全員で輪になったとき、
特定部位先輩が俺に言った。
「今日どうだった? どこのポジション興味ある?」
まだ何も分かっていない俺は、勢いだけで答えてしまった。
「フォワードがかっこよかったっす」
……本当に、何も知らないというのは怖い。
ウィングでいきなり1対1のタックルを食らった
ものだから、フォワードの方が痛くなさそうという、
今思えば完全に誤った印象を持っていたのだろう。
こうして俺のポジションは、
コーナーに追い詰められるボクサーみたいに、
静かに決まっていった。
恐らくこの時点で、特定部位先輩の頭には
“俺を3番に仕立て上げる青写真”
があったはずだ。
3番は、ラグビー15人の中で最も危険で、最も壊れやすい
位置にある。
だが、何も知らない俺は先輩の言うことを真面目に聞き、
されるがままに、静かに“洗脳”されていった。
特定部位先輩は異常なほど面倒見がよく、
よくメシを奢ってくれた。
胃袋を掴まれると、人間は弱い。
パブロフの犬の完成である。
■ 冬。シーズンオフ。
そこから冬にかけて。
シーズンオフの期間、特定部位先輩が俺に張り付き、
マンツーマンでノウハウを叩き込む時間が始まった。
普通なら1年生なんか放置される。
人数の多いチームなら特に。
だが、俺の大学は違った。
そもそも人数が15人ギリギリなのだ。
練習が終わると、他の部員はフリーキックの練習をしたり、筋トレをしたりしていた。
その横で俺は、先輩と二人で延々と走りこみをさせられた。
走っていると、突然問答が始まる。
「1・5・3・3・4!」
「4番、右向いて持ち上げる!」
「4・3・5・2・2!」
「6番、後ろに回ってすぐボールもぎる!」
ラインアウトのコード、
スクラム後の動き、
ボールの位置から走る方向の決め方──
息が切れてタバコが吸いたくて仕方ない状態なのに、
何度も何度も復唱させられる。
「息が切れてるタイミングで覚えた方が、体に残るから」
いや、洗脳かよ。
しかし、なぜか説得力はあった。
走る。
暗号を言う。
また走る。
暗号を言う。
倒れそうになっても走る。
冬の夜のグラウンド。
俺と特定部位先輩の影は、いつも妙に長く伸びていた。
■ そして、あの名言が落ちてきた。
ある冬の日。
走り込みの最中、特定部位先輩がふいに言った。
「いいか? 3番は獣でええんよ」
……この時点ですでに意味が分からない。
そして続いた言葉は、さらに意味不明だった。
「でもな、ただの獣は危険なだけや」
先輩は俺の胸を指で軽く叩いた。
「お前は──
コンピュータチップが入った獣になるんや。」
いや。
狂っとる。
あんたの頭にチップを埋め込んでもらった方がいいのでは?
ツッコミが脳内をよぎったが、口には出さなかった。
だがこの“名言”、後に俺のラグビー人生にとって
ひとつの哲学的な核心
みたいな位置を占めることになる。
■ 冬の匂いの中で培われたもの
冬の練習の大半は、
· 暗号の復唱
· 走り込み
· スクラムの姿勢
· 当たりのフォーム調整
シンプルだが、一切の逃げ場がなかった。
だが、このマンツーマンの時間が、
俺にとっての “前列としての基礎” をすべて作った。
特定部位先輩の教えには、
優しさと、
狂気と、
論理。
その全部が詰まっていた。
あの冬がなかったら、
俺は3番として立つ前に折れていただろう。
この時の俺はまだ知らなかった。
この“冬の地獄と愛情”が、
後に俺の首を救い、
またある時には追い込むことになるなんて。
すべての基礎は、この冬に作られた。
第三章はこちら:第三章 悪魔のひよこ
(公開前の場合があります)
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