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子育てが無理ゲーと感じる理由

我が家には子供がいます。住んでいる地域は比較的子育て世帯が多く、環境的にも子育てしやすい仕組みや施設があり、とても助かっています。

しかし最近、昔に比べて子育ての難しさが非常に増していて、
「子育ては無理ゲー」という意見を見ることが多いです。

私も子育ての大変さは当然実感していて、実際にさまざまな負担をしていますが、それ以上の楽しさや発見も常にあり、決して「無理」なことではないと感じています。

でも人によってそうではないとすると、いったい何が多くの人に子育てを無理ゲーと感じさせているのか、確認しようと思います。


世帯数が一貫して増加、世帯当たりの人数は減少


子育ては家庭で行うので、まずは世帯数の統計に注目してみました。

国民生活基礎調査(平成28年)の結果によると、1989年(平成元)から2016年(平成28)の30年弱で、3世代同居の世帯は半分以下に減少し、さらに65歳以上の親世代が子の夫婦と同居する数は約4分の1に減っています。

かつてのような大家族は大幅に減り、親世代と子世代が各自で暮らす家庭が多くなっているという姿が見えてきます。

これらから、子育てを夫婦(ひとり親も含む)で行う家庭が以前に比べて増えており、親にとって子育ての負荷が増していることは間違いありません。

ただ昔も、子育てに対する支援制度や子育てを便利にする仕組み・道具などがなく3人以上の子供がいる家庭も多かったので、親の負担が軽かったとは思えませんが多くの人ががんばって子育てを行っていました。

その違いは何なんでしょう?


子育ては常に人の助けが必要


子育てして思うのは、子供という生き物は、同じ生き物である人間が愛情を持って世話しないと育てられないので、道具や環境だけではなく人の手が常に必要です。

子育てには当然お金が必要ですが、それ以上に本当に時間がかかり、特に5歳くらいまでは24時間誰かが常に見ている必要があります。少なくとも気配が分かるくらいの距離で。

そのため、夫婦が子育てを出来る収入と時間を確保するのが大前提で、さらに子供を持つ夫婦の両親や、周囲の信頼関係のある人の助けがとても大事なのですが、核家族化と都市への集中がそれを難しくしています。

でも若い時の自分もそうでしたが、多くの人が古い考えの親と生まれ育った地元から独立したいし、結婚後も夫婦と子供だけで過ごしたい気持ちが強いのだろうと思います。

でも実際そうしてみると本当に大変で、結局「無理ゲー」と感じてしまう。
どうしたものか・・・。

そこで、ここからは私の仮説となりますが、下記の2点が子育てを「無理ゲー」と感じさせてしまう要因の一部ではないかと考えました。


① 家族間で世代ごとの価値観が違い過ぎる


平成の30年間の変化と、昭和の30年間の変化は、全く異なります。

昭和23年 敗戦3年後、連合軍の占領下、食糧もない苦しい生活

昭和53年 成田国際空港開港、24時間テレビ開始、ディスコブーム

もう別の国かというくらいの大きな変化で、戦後復興中の街で腹を空かせていた5歳の子供が、35歳で海外旅行へ行きディスコに通うという変化。
支援される立場からチャリティを行い助ける立場に変わりました。

平成元年 バブル景気、消費税開始、ゲームボーイ発売、天安門事件

平成31年 電子決済普及、消費税10%、タピオカブーム、香港民主化デモ

え、何も変わらないし、むしろ30年前のほうがよさそうじゃないですか?
生活環境の違いと言えば、当時はネットがない、スマホがないというのは大きいですが、昭和の30年の違いに比べたら微々たるものです。


上記は分かりやすく現在70代の高齢者ボリュームゾーンと30代の子育て世代を比較しました。もう少し下の世代でも、このような親子の体験の違いはやはり大きいと思います。

経済・流行・倫理などが変わり過ぎて共通言語がないという状況では、意識的にそれを乗り越えようとした人以外、3世代同居や直接の助け合いは難しいという人が多いのではないでしょうか。


② 各家庭が所属する社会階層の格差が大きい


また、各家庭が所属する社会階層の格差が広がっているため、経済的または生活における価値観が合わない可能性があります。

例えば、大企業に長期間勤務している人の家と非正規や不安定な職の人の家では、所得や資産の格差が大きく広がっています。
そしてそれは親子や兄弟間でも同じように広がっています。

子育てでは周囲の手を借りたい場面がたびたび訪れますが、互いに孤立した家庭では助けを求めるのが難しくなります。

階層の違いが大きいと物理的な環境だけでなくお互いの心理的な距離も遠くなり、助け合う意識が醸成されにくいと感じます。


つまり世代や階層などのさまざまな溝が助け合いを難しくしていて、子育てが無理ゲー化しているのでは、という仮説をお伝えしました。

それに代わる策として、子育てを家族間の相互扶助ではなく完全に公的な支援に切り替える方法がありますが、非常にお金と手間がかかり、また今介護業界で起きているのと同じ問題が子育て業界にも起きると思います。

上で挙げた「世代間の意識の差」は古い世代の入れ替わりによって減っていくと考えると、社会階層による経済的な価値観の違いを何とか超えて、家族や周辺の人による助け合いの子育てが再びできるようになるのが最もよいと思います。

そうすれば、子育てを「無理ゲー」から「大変そうだけどやってみたい」くらいまでには変えることができるのではないでしょうか。



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