LIGHTHOUSEを観て
ネットフリックスで話題のLIGHTHOUSEを見ました。
私は若林正恭氏の番組は好きですし、星野源氏の曲はもちろん楽しく聴いています。
だからこの番組も普通の期待を持って見始め、十分に楽しめましたが、なぜか自分の中に少しのモヤモヤが残ってしまっています。
それは何なのか考えてみました。
成長物語を共に歩む
若林氏の話の特徴に、「どんな話題も自分側に向かって繰り返し収斂していく」というものがあると思います。
そんな自分語りでも十分にエンタメとして成立するだけの面白さがあり、かつ社会人なら必ず身に覚えがあるような対人の逡巡、悩みが含まれていて、共感性がとても高いです。
あちこちオードリー、午前0時の森「こっち側の集い」、この番組と、自分の個性を発揮させることと他人と歩調を合わせることの難しさといった同じテーマが繰り返し語られ、その試行錯誤がスパイラルを描きながら段階的に成長していくのを視聴者はリアルタイムで観察することができます。
「こっち側」的な素養のある悩める視聴者は、その不器用なチャレンジに共感しながら応援し、自分の直面する問題から逃げない強い若林氏の成長を逃さず見届けようとして、いつの間にかリトルトゥースになっています。
そんな人々が5万人もいれば、簡単に東京ドームを満杯にすることができるでしょう。
すでにそれ以上のファンがいるので即完だって全然ありうると思います。
垣間見えるすごさ
このLIGHTHOUSEでは常に迷い立ち止まる若林氏ですが、普段の番組ではそんな気持ちの揺れを感じさせない賢くてキレがある姿を見せています。
私は「激レアさん」も見るのですが、若林氏のちょっとした言動でピリッとするスタジオや芸人の姿を番組内で見ることがあり、そういった若林氏の本領発揮の瞬間をとても楽しみにしています。
ある回で中堅の芸人さんがゲストで出演している際、その人はロケなどでふざけ続けてスタジオの司会者から突っ込まれつつ笑いを取るような芸風ですが、いつもの調子で素人の激レアさんを茶化すような発言をしました。
それは普通に面白かったんですが、若林氏はピシャリとそのおふざけをツッコミの形でたしなめ、それ以降中堅芸人さんの言い方が少し変わりました。
おそらくあの番組は、「激レアさん」がどんなに変な人でも最後は凄くなければいけないので、茶化し過ぎない線引きを示したんだと思いますが、そういう若林氏の番組への熱意と几帳面さが見れて非常に面白かったです。
またあちこちオードリーで、普段光をあまり浴びていないコンビ芸人の「じゃない方」の人をちゃんと立てて説明書を作っているのは、毎回見事だと思います。
私は芸人さんのことをあまり詳しく知らないので、あの番組で初めてどんな人か知った「じゃない方」芸人さんが何人もいますし、その後どこかでその人が出演しているのを見ると「あちこちで言ってた通りだ」とうれしくなります。
「こいつはひとことで言うと○○」というラベルを、普通の視聴者にも分かるよう無名の芸人さんに上手に貼って楽しみ方を教えてくれるのは、さすがとしか言いようがありません。
自分の成長の次にくること
あまり詳しく書くとネタバレになってしまいますが、若林氏は星野氏の助言や励ましの言葉も受けつつこのLIGHTHOUSEを完走し、迷いの中から次の方向を見つけ始めているようです。
例のゴールデン覇王という謎の目標より、やりたいことだけやる、オードリーにしか出来ない笑いをやってみるといった決意がありました。
これからも迷いはなくならないと思うがそれでいいという覚悟も垣間見え、今後も成長し続けるであろう彼らがとても楽しみです。
ただ、ひとつだけ私が引っかかりを感じるのは、その成長の先にどこに向かうのかという部分です。
私が思っているだけかもしれませんが、若林氏は本来作品を生み出すアーティスト的な志向なのに芸人の道に進んでしまった人で、年齢を重ねるにつれてそういった作家方面の願望が大きくなっているように感じます。
作品として成立させづらい「お笑い番組」より、形に残るライブ、音楽、本といったコンテンツ志向があり、ラップへの傾倒、作家活動、星野源への憧れと尊敬、あと関わりの深い日向坂46に対する、去年東京ドームを満杯にした実績への敬意にも、それが表れている気がします。
東京ドームという芸人としてのひとつのゴールを迎えた後、作家やアーティストとしての活動を増やし今までのような露出を減らす可能性すら、ないとは言い切れない気もします。
結局、そういった先への想像が私の中でモヤモヤを生んでいる、と分かったところで今回は終わりにしたいと思います。
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