読書≠知識を得る
似鳥鶏『夏休みの空欄探し』を読みました。青春。誰も傷つかない爽やかな暗号ミステリー。久しぶりに読み終えるのを躊躇う本でした。聾学校で働いているからか,一つだけ自力で読み解くことができた暗号があり嬉しく感じました。良い時間を過ごせました。

日本の音楽シーンがロック,アイドルグループ,ヒップホップ,ダンスミュージックなど順繰り順繰り流行があるように,私の中の読書も教育書,ビジネス書,推理小説,歴史書など一定のサイクルで流行があります。最近はどうしても知識を得るために本を読んでいました。今振り返ると読書が少し辛く感じていました。考えながら読むというよりも覚えるために読むといった作業になっていたのだと思います。諸々がひと段落し、本来の読書ができるようになってきました。私にとっての読書は単純に知識を得るといったものではないようです。(もちろん知識を得るという目的のために本を読むことを否定するわけではありません)読書は見たことのないものを見せてくれる、体験したことのないことを体験させてくれる、対話することのできない人と対話させてくれる、そんな魔法の道具です。読み終わった後に自分の価値観が揺さぶられたり、新たな発見があったり、何かに憧れたり、懐かしんだり・・・別の世界に連れて行ってくれる飛行機と言っても良いでしょうか。行き先は大まかには分かっているのですが、着陸するまでは油断できない感じです。
もちろん推理小説や歴史書以外の教育書やビジネス書も同様です。書かれてあることを頭の中で噛み砕いたり、疑似体験したりすることで自分の中の物語ができます。それを味わうことが最高の贅沢なのではないでしょうか。しかも多くの本は2000円以下で購入できます。図書館なら無料です。ありがたい限りです。
最近本を読まない子ども大人が増えています。時代の流れかなとも思います。VRやネット空間である事柄を疑似体験できる方法も増えてきました。本を一冊読むよりもYouTubeを見た方が楽しいという気持ちもわかります。それでも私は「本を読むと良いよ」と学校の子どもたちや若手の先生に言い続けます。勉強のために本を読むというよりは、一種のトリップ体験を感じてほしい、自分と対話してほしいそんな思いからです。そのためには本が好きな人が読書の楽しさを子どもや本嫌いな人に伝えていくことが必要ですね。親御さんの中にはお子さんに半ば強制的に読書をさせている方もいらっしゃいますが、あくまで読書は手段で目的ではありません。何を目的に読書をするか。そこを子どもに話してあげることが必要ですね。「虫博士になって新種のアリを見つけたい」という目的の子どもには、まずどんなアリがいるか調べてみようということで本を読ませるのはありだと思います。アリだけにね。・・・。ですが、とりあえず勉強のために本を読みなさいではなかなか気が進まないものです。親御さんが本を読んで楽しかったこと、分かったこと、感じたことをお子さんに話してあげる。そんな関わりがあるご家庭のお子さんは本が好きになります。読書がコミュニケーションツールにもなるのです。
今日は何を読もうか。子どもに何を読んであげようか。
