未完:加害者家族は不幸であるべきなのか。
※未完です。ちょくちょく書き足していきます。
先日、オウム真理教の教祖の娘、松本麗華氏のシンポジウムに行った。

シンポジウムのタイトルは「~死刑制度を考える」だが、内容としては死刑制度というよりは加害者家族に関する話が中心だった気がする。
というか松本麗華氏の話が大半だった。
弁護士さんが最後のほうで軌道修正していたが。
前半は映画上映会で「それでも私は Though I'm His Daughter」を見た後で、その後トークショーという流れだった。
ちなみに映画公開後にabemaでもこんな動画が上がっている。
講演会で言っていた内容とかぶってる部分も多いのでぜひ。
さて、この記事の注意点についても話しておきたい。
当記事は、ざっくり松本麗華氏を擁護するような論調になると思う。
が、松本麗華氏については批判もある。
以下の記事なんかはまさにそうだ。
したがって、講演会や映画で言っていた内容すべてが真実だとはいえないのかもしれない。
そして、私はオウム問題について詳しいわけではないのでなにが真実らしいかなんてわからない。
わからないことについては沈黙するべきなのかもしれないが、松本麗華氏に同情的な視点の意見というのも書くことには意味があるような気もするので、今回はこう言った記事を書くことにする。
あくまで個人の意見なので鵜呑みにはしないでほしい。
誹謗中傷が集まる原因
SNSで「松本麗華」と検索するといとも簡単に中傷コメントを見つけることができる。
例として、麻原が死刑になったときには、こんなツイートが松本麗華氏に向けて行われた。
「ざまあみろ。てめえもさっさと後追いでくたばれ。」
「お前の父ちゃん死んだ~w草大草原不可避森ボーボーム力着火ファイヤーwwww」
「君の金稼ぎの道具がなくなったじゃない! 」
このような中傷を行う側には、それなりの理由もある。
それは彼女が単に麻原の娘というだけではなく、その立場を利用してきたこと、そして被害者への謝罪が欠けていること、である。
後者について誤解の無いように補足しておくと、松本氏は被害者への謝罪を度々口にしている。
だが、四女に比べて麻原に同情的であること、自分がつらかったことばかり語っているようにみえることが、このような印象を生んでいるのだろう。
ちなみに妹である四女は麻原を批難する立場であるため、そこまで世間からのバッシングにあっていない。
そうすると彼女への世間の風当たりの強さは、悪魔の血が流れているとかそういった類のものではなく、「加害者側なのに反省してない、どころかその立場を利用している(少なくともそのようにみえる)」ことへの不満が根源にあると言えそうである。
もっとも、誹謗中傷の中には。犯罪者の娘というだけで袋叩きにしていいと勘違いしているようなゴミカスもいたが。
ここでいう立場を利用しているというのは、まさに今回のシンポジウムなどのイベントを開催したり、本を執筆したり、SNSで発信している点などを指している。
麻原という悪名を利用して目立ったり稼ごうとしている、あるいはしてきた。そのように世間の目には映っている。
このような人物を叩こうとする気持ちは分からなくはない。
「あれだけの事件を起こした大罪人の娘が、その立場を利用して生きていこうとしているなんて、被害者のことを考えると許せない!」
そう怒るのも理解できる。
しかし、この怒りは正当なものなのだろうか。
その生き方を社会は強制したではないか。
私がシンポジウムを経て感じたことは、「松本麗華氏に加害者家族としての生き方を選ばせたのは、社会である」ということだ。
その怒りは誰のため?
自己満足
