晩夏【原稿用紙二枚分の文芸賞】
二十五歳のお盆、久しぶりに実家へ帰った。
突然、母親からぶっきらぼうに渡されたのは見知らぬ住所──そして今はもう記憶にない父の存在だった。
会うべきか一週間ほど仕事しながら悶々と考えたが、結局思いに突き動かされるように会いにいくことを決めた。
その田舎の駅に降りると、秋を感じさせる涼しい風が私の来訪を確かめるように頬を撫でた。山々の深い緑は轟々と波打ち、光を吸い込んではまた吐き出すように蠢いていた。
駅の古い木の香りだけが僕を安心させてくれた。
「三子の魂百まで」というが、私の魂もこの風土で育ったのだろうか。
時々畑の中を作業する人がいて、家からテレビの音が聞こえたりする。確かに自分が暮らしていたはずなのに、全くの異郷だった。
足元の用水路の黒く揺れる影を見つめた。父への期待が不安となり心を押しつぶす。
僕は父親に対して敬語を使うのだろうか。
一歩一歩がどんどん宙に浮き上がって踏み締められなくなって、ここにいないような居心地だった。
暫くして目的地に到着すると、そこには古びた門柱に掠れた「高橋」の表札。伸び切って枯れた雑草がその家を覆い隠していた。年季の入ったクリーム色の家の壁には少し焼けた跡があった。
試しに門扉の外から細い声で呼びかけてみたが返事はない。次に、思い切って門扉を少し開け身を乗り出して大きな声で呼びかける。
すると、警戒するように少し時間を置いてから恐る恐る一人の男が姿を現した。父だった。
褪せたTシャツ、履き潰したサンダル、少し禿げて肌は焼けていた。不潔な感じはしない。その顔に深く刻まれた皺は柔和な雰囲気を醸していた。
「新聞ならいらないよ。」
「高橋広彦さん!僕、熊介です。」
「熊介か、えぇ、こんなに大きくなったんだなあ、あぁ、よかったよ。本当に。」
「大きく育ちました。」
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