【掌編】最後のライブ
デンジャラス・マッドの4人は頭を抱えていた。
決まらないのだ。解散ライブのセトリが。ロックに捧げた35年のキャリアの中でアルバムにして20枚、延べ300曲以上の時に激しく、時に優しいロックンロールを世に届けてきた。その中から、わずか20曲を選び出すのは容易なことではない。
とりわけ、アンコールの最後を締めくくる曲──言わば“マッドベイブ”(注:ファンのこと)たちと踊るラストワルツ──はバンドの歴史の幕引きにふさわしい特別な一曲でなければならず、メンバー間での協議は難航を極めた。
4人の重苦しい沈黙が続いたあと、バンドのフロントマンでヴォーカルのデンジャーが口を開く。
「ラストはやっぱ“ハリケーン・ジャグラー”でいくべきじゃん? うちらの最大のヒット曲だしよ。バンドのキャリアの最後を飾るのに、これ以上ふさわしい曲はないと思うぜ」
が、バンドのメインソングライターで司令塔を務める、ギターのファックが異を唱える。「けどよ、デンジャー。今回はラストだぞ? おれとしちゃ、ゴリゴリのロックの“ハリジャグ”を演るより、もっとしんみりなヴァイブに浸りててえ。マッドベイブたちの心の宝箱にいつまでも響きわたる、カリフォルニアのチャペルのベルみたいな曲をさ。だから“ロンリー・ナイト・アルペジオ”を推したいね」
そこへドラムのワイルドがドラムスティックを指でくるくると回しながら割り込む。「“ロンナイ”はねえよ、ファック。それってあんまマッドじゃねえ。ここはやっぱり、俺たち4人がデンジャーの四畳半の下宿で初めて作った“くそったれどもへのレクイエム”だろ? 俺たちが俺たちの歴史を歩み始めた、俺たちを俺たちたらしめるあの曲で俺たちを終わらせる。これ以上に美しいエンディングが考えられるか?」
すると満を持したように、寡作ながらファックよりも多くのヒット曲を生み出してきた、バンドの理性の声たるベースのカツカレーが沈黙を破る。「“くそったれ”はむしろ、ラストライブの一曲目でしょう。いいですか、これはバンド史を総括するライブなんですよ? ここは“グッバイ・ダーリン”の一択です。確かにベタな選択ではありますが、私たちの曲の中では、マッドベイブたちが一番シンガロングできる曲ですし、最後はメンバーみんなでジャムって終われば、ベイブも私たちもとことんラストワルツを楽しんで、爽快にキャリアを締めくくれるのではないでしょうか?」
「カツカレーはてめえの曲やりたいだけだろ」と、ファックが腐した。
「おっさんの嫉妬は醜いですよ、ファック」と、カツカレーが挑戦的に言った。
「だいたいてめえはマッドさに欠けんだよ!」ファックが色をなす。
「あなたのマッドと私のマッドは違う」と、カツカレーが不敵にほくそ笑む。
まったく、このふたりは最後までウォーター・アンド・オイル(水と油)だぜと、デンジャーは心の中で呆れ返った。
そこへ、キーボードの加藤さんがぼそっとつぶやく。「じぶんは“ドンチュウノウ、アイワナノウ”がいいっす」
デンジャーは目をひん剥いて加藤さんのほうを振り向き、思った──いや、あんたメンバーじゃなくね?
間髪入れずにコーラスのナタリアが続く。「We should wrap up the show with "Yoidore Rock Morning"」
デンジャーは見開いたままの目を今度はナタリアへ向けた──いや、コーラスのおまえに訊いてねえし。つか英語かよ?
「I think that's too risky」と、ワイルドが答える。
デンジャーは耳を疑った──えっ、ワイルド英語しゃべれたの? いつから?
「Yeah I fuckin' agree」とファックも応じる。
ええええ、ファックも? まじファックだわ。
その時、マネージャーの金子が何かを閃いたような顔になって「“リンリンリン”はどうです?」と提案した。
「それ、別のバンドの曲や」と、皆が口を揃えて美しくハモった。
その瞬間、デンジャーは強烈なフラッシュバックに打たれた。それはここ何年も慢性的な空中分解の危機にあったバンドが見せた、久しぶりの一体感だった。ロックの初期衝動に突き動かされ、誰もがてっぺんを目指していた頃の4人の姿がデンジャーの脳裏に浮かぶ──そう、俺たちはいつも“ひとつ”だった。あの気持ちを忘れちゃいけねえ。そうすれば、きっと最高のラストライブになる……
「おれたちはいける」と、デンジャーは力強く言いきり──事切れた。先のフラッシュバックの際に脳動脈瘤が破裂したのだ。
そして翌朝。
ナタリアをヴォーカルとする、新生デンジャラス・マッドが爆誕した。
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