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【掌編】ヒトメ

それは何の前触れもなく現れた。

発端は「家の中に目ん玉みたいなキノコが生えてる」というエスエヌエスのつぶやきで、そこに添付されていた画像には、投稿主のアパートの壁からにょきっと生えた、ちょうどシイタケくらいのサイズと質感の“目”のような何かが映っていた。

投稿主はその何かをキノコと呼んでいたが、あくまでも生態的な類似性を鑑みてそう呼んでいただけで、それが実際にキノコであるかは判断が待たれた。

ほどなくしてそのつぶやきはバズり、謎のキノコの正体に関する雑多なコメントが書き込まれ始めた。たちまち荒れ出した界隈を諫めるように現れた、現役のキノコ栽培農家や自称菌類の専門家たちによれば、世界中のどこを探してもこういった姿のキノコは存在せず、仮にキノコであるなら、これまで知られていなかった未知の新種と考えられるということだった。

数日すると他のアカウントからも「うちの壁にもあの目が生えてきた」「我が家の天井にも」といった報告が相次ぎ、キノコのようなそれは人間の眼球を思わせる独特な容貌から、いつの頃からか“ヒトメ”と呼ばれるようになった。

ヒトメは基本的に人畜無害で、ただその潤んだ単眼でこちらをじっと見てくるだけだ。そうは言っても、そのぬらりとした瞳で凝視されると、たいていの人は本能をねじられるような生理的不安を覚える。ヒトメの目撃件数が増えていくにつれ、エスエヌエスでは「ヒトメの視線が気になって眠れない」とか「ヒトメに見られていて仕事にならない」とかいった書き込みが目につくようになった。

すると今度は「そんなにヒトメが気になるなら摘み取っちまえ」と謎の怒りをもって非難する人たちが現れたが、それこそ実情をわかっていない部外者の無責任な放言であり、ふつうは人間の瞳にそっくりなヒトメを摘み取ろうとしても、生々しい嫌悪感に駆られて躊躇する。

おまけにいざ、ヒトメをねじ切ろうとすると、「ぎゅえっ」という苦しげな音が漏れることに加え、傷口から人間の血によく似た体液が溢れだす。ヒトメを排除する画像を得意げに投稿する者もいたが、逆に「かわいそう」「無害なら放っといてやれよ」といった非難が殺到した。

ヒトメはキノコのようには群生せず、生えてきても一本だけである。加えて危害も及ぼさない。こうしてヒトメの目線は気になるものの、諸々を鑑みて放置する人が大多数を占めた。

そのうちヒトメに関する意見も先鋭化していき、「人目を気にする」という言い回しは、そもそもこの“ヒトメ”を指していたのでないかという説が流れ始めた。そうしたつぶやきをどこかの意識高い系インフルエンサーが拾い上げ、「“ヒトメ”が気になるのは、普段から“人目”が
気になって仕方がない承認欲求モンスターであることの証左では?」と百万人を超えるフォロワーに問いかけた。

すると今度は「じぶんはヒトメを気にしない」といった、自己弁護めいたつぶやきがタイムラインを埋め尽くした。中にはヒトメに帽子をかぶせて、ヒトメとの平和な共生をアピールする者もいた。ヒトメはアテンションエコノミーが横溢する世界に対する自然界の警鐘だと、険しい顔つきで訴える識者も現れた。今や「ヒトメが気になる」と書き込むだけで、常に注目に飢えている自意識過剰な人格の象徴のように捉えられ、心ない暴言を浴びせられて、何人かはアカウントの閉鎖へと追い込まれた。

そんなエスエヌエスでの騒動をよそに、ヒトメたちは壁や柱の上からただ、そのぬらつく単眼を光らせていた。

やがてネット界隈でのあらゆる騒動のご多分にもれず、ヒトメ騒動も鳴りをひそめ、ヒトメが日常の一風景の中に溶け込んだ頃、衝撃的な研究結果が事実として世に伝えられた。

ヒトメは目が見えていなかったのだ。

それがわかると、人々は家の中のヒトメを容赦なく叩き潰し、火をつけて燃やし、醤油をつけて食らった。ヒトメたちは「ぎゅえっ」という哀れっぽい音と赤い体液を垂れ流しながら、またたく間に完全に淘汰されてあらゆる次元から消滅した。

(了)

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