旅するようなラーメンを!(6-1)
人生で初めて買った(買ってもらった)CDは、浅香唯の「C -girl」だった。なぜそれを買ったのかの理由を憶えてはいないが、年齢は小学6年生。記憶にあるのは当時放送されていたドラマ「スケバン刑事」の3代目主人公:風間唯がアイドル浅香唯だったこと、そして「CDラジカセ:SONY DoDeCaHORN」を買ってもらったことだ。
DoDeCaHORNは1970年代から進化を辿り80年代には時代背景もありバブル期を経て王朝時代を迎えた(大げさ)「ラジカセ(ラジオとカセットテープを聴く機能を持つ音楽機器)」にさらにCD(コンパクトディスク)が聞けるという夢の機器で、聞けたら良しという音楽を、サンヨー、アイワなどの競合から頭ひとつ抜く存在にまで発展させた当時世界に冠たる地位を築いた「 It`s a SONY」に相応しい様々な機能を携えた商品であった。
説明はともかく今思えばよくもこんな高価なものを買ってくれたと思うと振り返った今となってとても有難い事だと思うし、なんせ当時小学6年生にとってこの有り余るスペックの音響機器を聞くために最初に手にしたソフトが浅香唯だったのである。
CDは昭和世代の共通言語のひとつで当時の時代背景を語る上では重要な存在のワードである。
80年代から2000年まで活躍した8cmシングルは、プレイヤーで再生する時に謎のアタッチメントを装着して再生しなければならずかなり面倒なのだが、家族の織りなす生活ノイズの中で一家に一台のみ鎮座するTVの中から聞こえるだけであった音楽を本格的な音響で聴く事ができ、さらにその曲を聴くためだけにほんのひとときだけでも家の中の空間を支配できたことは小学生にとって革命的な環境変化であった。
しばらくして記念すべき2枚目として今度は自身で人生初購入したCDは、浅香唯とはかなりベクトルを振り切るビートルズの「イエローサブマリン」で人生2枚目のCDのジャケットから発せられる洋楽のカルチャーに生意気にも魅了された。音楽仲間は主に同級生三人で、共通して2つ、3つ年上の姉や兄がいた。音楽の情報は中学生の姉や兄から入手するものがほとんどだった。DoDeCaHORNはその同級生宅の兄が持っていた。そこで友達は兄の所有するラジカセについて、重点音がどうの、ドルビーがどうのと語るのだった。もう1人の友人はPanasonicのDT -70というラジカセをこれまた兄の影響で購入し、SONYとは異なるイコライザーの音色の違いをマセた小学生ながら誇らしげに説明し、学校帰りにそれぞれの機材を眺めそこから発せられる大人の世界や田舎の子供には到底理解できるはずのない詩的なフレーズや情緒に触れ、黒船のように自分達の前に突如現れたDoDeCaHORNと共に、アメリカ人ばりに大人の文化を兄貴たちに押し付けられ開国を促され、同級生の中ではかなり早めであったが大人の音楽の世界へと引き込まれていったのだった。
長渕剛:「風は南から」「猫」など現在の同氏とは全く音色の異なる声とメロディが印象に残っている。相変わらず田舎の子どもらしく少年野球やファミコンに明け暮れる毎日だったが、同学年の中では音楽の影響もあってか無かってか、女の子と交換日記などして少しずつ大人の階段を一段、二段と登り始めたのもこの頃だったのかもしれない。
