ビアンカフローラ論争とは何だったのか

ドラクエ5の発売日は1992年9月27日とのこと。実に30年経ちました。
さっと検索に入れるだけでも、この嫁論争は勢いを落としながらも未だぼちぼち続いている、といった状態でしょうか。
先に言っておきますと、私はフローラ派です。
ドラクエ用語まとめWIKIの数値をお借りすると
ファミコン通信1993年3月12日号 ビアンカ:81.6% フローラ:18.4%
Vジャンプ2000年7月号 ビアンカ:68.4% フローラ:27.7%
自分はマイノリティと言う事になります。
そして、「ビアンカフローラ論争とは何だったのか」ですが
自分が考察した結論だけ簡潔に書きますと

「一部の過激ビアンカファンによるイジメだった」

これから長文になるので、自分が言いたい事を書くと
「ゲームの選択肢程度で人格否定しないでほしい」
「ドラクエ5が忘れられ難いゲームにしているのはフローラのおかげである」
「スナック感覚で虐めてくるのはうっすらしんどい」
ですか。言いたい事は3行にしました。

現在では炎上というほどの勢いはなく、以前に比べればかなり落ち着いたな、と言う印象はあります。
そもそも何故炎上となったのか。
ビアンカが公式で天空の花嫁である事を疑うプレイヤーは、ほぼほぼいないと思います。
パッケージもCMも小説もドラマCDも他諸々すべてビアンカでSFC時代はフローラの鳥山絵も無い事から、ビアンカが公式なのは当然で、公式の嫁がどちらかなのか争点にはなりません。
そして、どちらの数が多いのかで争ってもいません。先に上げた数値でも明らかです。
公式の扱いも支持者もまったく拮抗などしていません。
通常、嫁論争となれば誰が公式での嫁なのかで炎上しますが、これはそれで炎上していません。
じゃあ、何が炎上していたのか。
ビアンカを選ばずフローラを選んだ事の非難と、その反論で炎上していたのです。
炎上ということは投稿数が多い事であり、フローラ派は少数なわけですから、数となるには必死に反論しないと炎上状態にはなりません。
何故そんな必死に反論していたのか。
「フローラを選ぶのはおかしい」「金に目がくらんだ選択」「ビアンカを選ばないなんて人でなし」
フローラを選択した事を非難し、強欲者として決めつけ、選択した人間の人格否定までされました。
自分で選択し愛着を持って育てたキャラクターが貶められるのも悔しいわけですが、もうキャラクターすっ飛ばして実在の人間の方を貶めてきたわけです。
悔しいのもそうですが、ゲームの選択肢ごときで黙って人格否定を受け入れなければならない理由は自分にはわかりませんので、必死に反論する方を理解しました。
ただまあ、論争も泥沼になるとどちらも乱暴になってきますが。
なお、先にフローラ派がビアンカ派にケンカを売ったと言うのは無いと思います。何故かというと、公式ではないし多勢に無勢がわかっているから、不利過ぎてケンカふっかける理由がないのです。
これに理由つけるなら、結局またフローラ派を人格否定する文言が並ぶんじゃないでしょうか。

では何故、嫁論争炎上という名のイジメが発生したのか。
公式の嫁はビアンカですが、イベント上で選択できるようになっています。しかし、これはとにかくビアンカを選ぶためのお膳立てイベントとなっています。
なので、よくよく考えると色々おかしい嫁選びイベントも不自然さを感じさせる事が少ないまま、ビアンカを選べるようになっています。
公式のお膳立てが強いのですから、その通りにビアンカを選ばない人は、当時子供だったプレイヤーは「先生の言う事を聞かないひねくれた子供」に見えたかもしれません。
自分が当然だと思った事を選択しない人に、異質感や違和感を覚えた人もいたでしょう。
大元は自分と同調しない者の排除の感情ではないかなと推測します。
また、公式である、多数派である事で気が大きくなったのもあるのではないかなと。
そしてみんな若かった。炎上が激しかったのは1990年代終わり頃から2000年代と記憶しています。
また、攻撃的な言葉を書けるのも、相手の顔が見えないインターネットならではだったでしょう。あの言葉の応戦を面と向かってどれだけの人間がやれるのか。周囲に他人がいる状況で口に出して言えるのか、と言うようなものばかりでした。
匿名掲示板の炎上は言わずもがな、ハンドルネームが表示される掲示板でも3対1でビアンカ派がフローラ派をネットイジメしているのも見ました。必死に反論するフローラ派を頭おかしい扱いしてましたね。
しかし、反論する方も反論の仕方を間違っていたなと今では思います。
「フローラを選ぶなんて頭がおかしい」に対して、フローラ派はゲーム内のイベントやセリフを持ち寄って反論したのが、炎上が止まなかった理由とも思います。最悪なのが罵倒に対して罵倒で応戦して泥沼パターンで、激しく炎上しました。
で、反論しきれなかった理由ですが。
情報量の少ないゲームの設定を使って、不足した部分は各自の想像力で補って反論していた事によると思います。
また、ゲームの中が絶対だという妙な思考に囚われていたのもあるかもしれません。
結局、補った想像力の部分ではそれが正しいかどうかという判断はできず、論破しきれず水掛け論に終始していたようです。
本当の所は自分の選択肢の正当性表明とその否定であり、否定する事に先鋭化した結果が人格否定なので、「ゲームの選択肢程度で人格否定するな」で良かったんじゃないかと思います。ゲームごときで人格否定までするその了見を問われた場合、少し冷静になってもらう効果はあったんじゃなかろうかと。
ゲームなんですよ。前述しましたが情報量も少なすぎるんです。娯楽媒体の内容な上に、あの程度の情報の判断で人格否定されたくないですよ。
逆に言えば、例えばドラクエ5小説だと、小説の中で色々と設定や流れをつけてビアンカを選ぶ説得力を持たせているわけで、そこで初めてフローラと結婚するのはおかしいだろ、と言えるわけです。
今から思えば、反論の仕方を間違えなければ炎上までいく事は少なかったかな、と思います。
私見ですが、「ゲームの選択肢程度で人格否定するな」の反論が増えたあたりから炎上頻度減った気がします。みんな歳を重ねて落ち着いてきた、もとい面倒くさくなった、と言うのもありそうですけど。
なお、フローラを選ぶ事がおかしい、という意見に対しては、まずは他人のゲームプレイに非難までするなが第一ですが、シナリオで突っ込まれた場合は
・(お金のために)ビアンカ捨てるなんて可哀想だ人情がないのか⇒自分から婿に立候補しておきながら反故するとは無責任だ社会性がないのか
(盾と船(と金)のために)婿に立候補したのは主人公であり、最初の約束を果たすのにおかしい所はない。実際、船、家宝、結婚式まで世話になるのにルドマンの顔を立てておらず、厚意に甘え過ぎでもはや厚顔無恥では。ゲームだしビアンカお膳立てイベントのためそんな描写ありませんが、ルドマンが失笑されて陰口叩かれるレベルですよコレ。ルドマンが気にするなと言ったから良いんだ、という理由に人情があるのかと思われますが。
・よく行けるなビアンカのいる村に!⇒よく行けるなルドマンとフローラのいるサラボナに!
・結婚しないとビアンカ独身で可哀想だろ⇒独身を選んでるのは(堀井氏だけど)ビアンカだろ。
というか独身で可哀想ってビアンカの人生に対して烏滸がましくないですか。
・フローラにはアンディいるだろ⇒だからって遠慮しなきゃならない理由ないだろ
主人公の状況(母親を探すために天空の盾、船が必要であり逃げたドレイで苦労している)を考えれば、アンディは両親も健在している事だし、試練を乗り越えたのなら遠慮する必要ないのでは?(後に人気の踊り子と結婚しているので無問題と思いますがメタ視点ですし、この反論は花嫁選択時でのスタンスとしてます)ぐらいの反論はあります。
ルドマンの顔に泥を塗る件ですが、ブオーンを倒す事でやっとトントンになると思います。が、ブオーン倒すのは時間的に結婚イベントよりかなり後なんですよね。ここでゲーム的な事を言うとブオーン戦まで船がないってゲーム進まないので、つまりシナリオ不備が考えられるんですけどね。…って事を考えると、このシナリオで人格否定までされたくないです。
なお、フローラを主体的に選んだ理由がありませんが、個人の趣向を挙げても聞き入れられず、結局ビアンカを捨てたと非難は止まなかったんです。個人の趣向を聞き入れる気が無い時点で、過激派のやりたい事は気に入らない者の排除でしかないのが見えますが。
まあ最終的に、他人のゲームプレイに非難までするなに集約されるのですが。

そして、ドラクエ5が忘れられ難いゲームになっている事にフローラの存在を挙げた理由ですが。
前述のように公式の嫁はビアンカです。ゲーム的に容量不足で嫁選択ができなくなった場合、どちらを削るかとなった場合、どう考えてもフローラ嫁選択から削られます。
強制的にビアンカ嫁展開だった場合、この嫁論争がそもそも発生しません。
嫁論争で炎上して大騒ぎになるから人の目にとまり、それぞれのドラクエ5の記憶が呼び覚まされるのです。
ドラクエ5は嫁選びイベントが印象的ですが、実際のゲームはモンスター集めに必死になるゲームです。
つまり、フローラがビアンカのいわゆる対抗馬として存在しているために、炎上が起きてそれを見た人々のドラクエ5への追憶が始まるのです。思い出の上書きが起こるんですよ。
嫁選択が、フローラがいなかったら、炎上は起きず人々の記憶から忘れられやすくなると。
そういう理由です。

フローラはスピオンオフゲームで、高慢で鼻持ちならない嫌味なお嬢様にされました。スピンオフに他ゲームキャラを出すってそのキャラのファンサービスだと思うのですが、特に細かい設定のついてない(子供の髪色が母親と同色にされないくらいに関心度が低い)キャラなのに、そういったネガティブイメージを追加するのがファンサービスなのか。
リメイクでもフローラのセリフはおおよそ淑やか天然お嬢様といった当初のイメージ通りでしたが、小さなトゲのように性格の悪さをアピールするものが含まれていました。
ドラクエ9という正当ドラクエナンバリングに至っては、フローラがED後にゲスト配信されましたがセリフは少ないのに嫌味が印象的なキャラになっていました。誰が喜ぶんだこれと思いました。
ビアンカファンもこの扱いは誰得だとばかりに、引いた人もいたようです。
少なくともテキスト管理しているスタッフは、フローラをポジティブに捉えているファンは切り捨てて問題ない、という判断をしたのかなと。
当時、ファンサービスとはなんぞやとは思ったものです。
しかしながら、フローラの性格にネガティブイメージをつける事で、フローラ派の不当性を明示できると暗い情熱を持った一部のビアンカファンは喜んだようで、そちらへのファンサービスにはなったようです。まあビアンカファンは母数が多いので、そういう人が含まれるのもある種必然かもしれません。
実際、フローラの性格が悪いからそのキャラを選んだ人々にも性格に問題があるかのように揶揄するコメントは散見されました。
まあ、炎上商法も商法であると考えると、これも1つの戦略なんだなというのは後で思った事です。
ドラクエウォークでもフローラの嫌味なセリフは含まれていたそうなので、もうフローラというキャラとフローラ派をサンドバッグにする事で炎上商法したいのかな、と思うようになりました。
キャラクターもそうですが、人もですか…というか。フローラ派だろうが顧客だと思うんですが、なんと言いますかねぇ…。
実際、炎上が激しかった頃のフローラ派は燃えるサンドバッグ状態でした。
炎上により、人々のドラクエ5の記憶が更新される効果を考えると、商法として有りは有りなのでしょう。
どうなのかなと思いますが、思い出のゲームのトップの方にランクインした結果を見るに、効果はあったように思えます。
こちらとしてはフローラが出る、と言うのはもうそれだけで警戒しなければならなくなりましたが。
フローラというキャラを気に入っている人ほど、しんどい気分になる扱いだよなぁと思います。

これを書くに至ったのは、ネットサーフしている時にとある著名な方が炎上覚悟でフローラ派です、という内容をSNSにUPし、それがバズった事のまとめを読んだ時に色々考えたからです。
まず、ビアンカ派だった場合「炎上覚悟」などという記載は無かっただろうな、という事。
それがバズった事。
SNSで「炎上」となるには大元がネガティブな内容を記載し、それに対してたくさんの反論なり非難なりが集中する事が「炎上」状態となるわけですが。
つまりそれ、フローラ派である事がネガティブな内容って事なのか、と。
ゲームの選択肢がネガティブってどういう事かと。
もうさすがに30年前のゲームなんで、ネタ強めではあるのですがそれはそれとして、そのバズった内容をよくよく考えるとフローラ派ですさぁ叩いてってやっているようなもので、それが様式美になるというなら随分な扱いじゃないのかなぁと。
というか結局サンドバッグではないですか。
注目してもらうためといえど、そこまで考えるとフローラオタとしてはちょっとなぁ、という。
やっとネタになった感はありますが、過去の炎上を知っている身としてはうっすらとしたしんどさは未だ残ります。
SNSでは相手の顔が見えないので泥沼炎上でしたが、そこに顔が見える相手がいた場合、フローラ選択否定に対して少し感情的に反論した場合おおよそ「ゲームじゃないか、気にするな。真に受けるな、冗談だろ」が返ってくるというかまあ色々ありましたが、ともかく。
これがスナック的に虐めてくる側の常套句だと気づいた時に、この嫁論争のしんどさの正体が見えたかなと。
これほどの長文になった原動力は結局、虐められた方は根に持っている、というよくある感情からです。
元ネタはゲームですが、あくまで元ネタであってそれで色々ぶつけ合いなり何なりするのは人間なので、結局は人間どうしのイザコザなんだという事に気づくのに、随分時間がかかったなぁという所感でした。

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