150年以上続く『日本の英語教育のバグ』を18歳の青年が解体していく物語(続編)
今回はなぜ日本人は英語が苦手で、難しいと感じるのかを構造的に解体していこうと思います。
根本的な原因は、明治時代から続く「難文読解・英文和訳」という学習法を今なお採用し続けていることにある。現在の国立大学入試でさえ英文和訳問題が出題されている。英文和訳とは、英語を日本語に変換する作業に他ならず、これが英語力の向上を根本から阻害していると言っても過言ではない。
そもそも、日本語と英語は言語的な属性が根本から異なる。日本語はアルタイ語族に属し、英語はインド=ヨーロッパ語族に属している。日本語には助詞という独自の体系があり、「を・に・は・が」といった助詞を付けるだけで、同じ単語が主語にも目的語にもなる。一方、英語には助詞が存在しないため、語順こそが文の構造を決定する。こうした根本的な違いがあるにもかかわらず、英語を無理やり日本語に置き換えて理解しようとすれば、英語そのものを習得したことにはならない。

上記の画像を見て貰ったらわかる通り、言語族が離れ過ぎているが故に日本語のOSと英語のOSが違い過ぎます。
OSが全く異なっているのにも関わらず、英文を無理やり日本語に変換していることは英語力向上にはつながらないのです。
わかりやすい例として、大学受験科目の「漢文」を挙げよう。漢文は古代中国の文章であるが、日本人はレ点や一二点を用いて語順を日本語式に並べ替えることで読んできた。つまり、漢文を「日本語のOS」に変換して理解しているわけだ。しかし、どれだけ漢文を読み込んでも中国語を話せるようにはならない。それは、中国語という別のOSを日本語に置き換えて処理しているだけに過ぎないからだ。英語教育も、まったく同じ構造的欠陥を抱えている。小・中・高校の英語授業では、英文法や表現を日本語のOSのまま教え込んでいるため、生徒は英語のOSを理解することなく丸暗記するしかない。その結果、高校を卒業してもテストの問題は解けるが、英語で話したり書いたりすることができないという状況が生まれているのだ。
さらに、小・中・高を通じた英語教育が細かな文法規則や表現の暗記に偏重した結果、英語は「使う言語」ではなく「解く科目」となってしまった。高校を卒業しても問題は解けるが、英語で話すことも書くこともできないという矛盾が、日本の英語教育の現状を端的に物語っている。
次回は英語教育の搾取構造について解体して行きたいと思います。楽しみに待っていてください。
