見出し画像

確かにそこにいた

2026年7月30日、シャーロットホーネッツは
モハメド・ギーをウェイブした。

ロスター整理の一環として見れば
ごくありふれたニュースだ。

おそらく、多くのホーネッツファンも
「そりゃ、そうだろう」
という程度の印象だったかもしれない。

実際、
ラメロ・ボールのトレードに付属する形で
ブルズから移籍させられただけで、
シャーロットで公式戦を戦う姿を見ることなく
チームを去ることになったのだから、
それも無理はない。

それでも私は、
何も知らないままお別れするのは勿体ない選手
だったのではないか?と思っている。

彼は決してドラフトで期待された選手ではない。
派手な実績があるわけでもない。

それでも、何度もチャンスを失いながら、
NBAを目指し続けた選手だった。

そして実は、
今回がホーネッツとの最初の縁ではない。

数年前のサマーリーグでも、
彼は紫とティールのユニフォームを身にまとって
プレーしていた。

今回は、そんな簡単に忘れるには勿体無い
知っておいて損はない!
モハメド・ギーという選手の歩みを振り返りたい。


無名から始まった挑戦

1998年生まれのモハメド・ギーは、
ニューヨーク州スタテンアイランド出身。

モンロー大学、ストーニー・ブルック大学を経て
最後はピッツバーグ大学でプレーした。

派手な得点能力よりも、長いウイングスパンと
機動力を活かしたディフェンスが持ち味で

ストーニーブルック大ではアメリカ東地区の
ディフェンシブ・プレイヤーオブザイヤーを受賞

リムプロテクトやスイッチ対応など、
現代NBAで求められる万能型フォワードとして
少しずつ評価を高めていった。

しかし、2022年NBAドラフトにて
彼の名前が呼ばれることはなかった。

ドラフト外選手として
彼はその挑戦のキャリアを始めることになる。

評価されたのはディフェンス

最初のホーネッツとの出会い

ドラフト直後、
ダラスマーベリックスとExhibit10契約
キャンプ参加を経て開幕前に解雇。
そのシーズンはダラスの下部組織
Gリーグのテキサスレジェンズでプレーする。

翌、2023-24シーズン
ラプターズのサマーリーグへ招待される。
そこでの活躍が認められてラプターズと
Exhibit10契約の後、プレシーズンでもプレー
解雇され下部組織ラプターズ905で昇格を待った。

実は2way契約への昇格の有力候補だったのだが
シーズン中に負った首の怪我により見送られ、
ジョンタイ・ポーターにその座を奪われてしまう。

だが諦めずに活躍を続けると
ラプターズのロスターに怪我人が発生した事もあり
ハードシップの10日間契約で念願のNBA契約。
サンアントニオスパーズ戦でデビューを飾った。

そしてその2024年夏、
ホーネッツは彼をサマーリーグへ招待した。

奇しくもホーネッツはフロントが総入れ替え。
ドラフトで超大型素材のティジャン・サローンを
手に入れて初めての実戦に挑む。

カリフォルニア・クラシックで指揮を取るのは
そのシーズンからホーネッツの舵取りを任された
新HCのチャールズ・リー

そんな船出のロスターの一角に彼は選ばれた。

決して注目選手ではなかったが、
ディフェンスエナジーやブロック能力を武器に
ローテーションの一角として期待を集めていた。

しかし、その挑戦は突然終わる。
カリフォルニア・クラシック2戦目で足首を負傷。

ラスベガスの本戦を前に戦線を離脱し、
アピールの機会を失ってしまった。

もし怪我がなければ契約につながっていたのか?
それは誰にも分からない。

ただ一つ言えるのは、ホーネッツとの縁は
この時一度途切れてしまったいうことだ。

カリフォルニアクラシックでは先発Cとしてプレー
だが、またしても怪我が彼のキャリアに立ち塞がる

NBAを諦めなかった

その後のキャリアも契約を勝ち取っては手放し、
Gリーグで結果を残しては次のチャンスを待つ。
そんな毎日だった。

2024-25シーズンはワシントンウィザーズ傘下
キャピタルシティGo-Goでプレー

2025-26シーズンはシカゴブルズ傘下
ウィンディシティブルズで
平均15.9PTS、7.4REBを記録。

努力は少しずつ実を結び、
シーズン終盤にはブルズとの契約を勝ち取る。

Gリーグではモンスタースタッツを残す
そうでなければNBAに昇格するはずもない

再びシャーロットへ

2026年夏。

ラメロ・ボールを含む大型トレードの一部として
ギーは再びホーネッツへ加入した。

皮肉にも数年前のサマーリーグで始まった縁が、
本当の意味で再び結ばれた瞬間だった。

「あの時のサマーリーグの選手が戻ってきた。」

そう感じたファンもいたのではないだろうか?

もちろん、ロスター事情を考えれば、
彼がロスターに残れる筈も無かった。

ラメロ・ボールのトレードの対価として
ホーネッツにやって来るのは
現代NBA屈指のPFナズ・リード

ドラフトでは期待のビッグマン
ハンネス・シュタインバッハを指名

フロントは将来を見据えたチーム作りを
着々と推し進めている。

その中で、ギーに用意される席など
あろうはずもなかった。

ウェイブを前提としての獲得。
2026-27シーズン無保証の契約である為
ただ数字を合わせるためだけのトレード

NBAはその輝かしいプレーとスターの華々しさを
目に出来る一方で契約を巡り動きは残酷そのもの

チームからは新加入の選手に対しての
Welcomeの投稿すらなかった。

そして正式にウェイブ。

シャーロットで試合に出場することなく
その物語は終わった。

通常新加入の選手にはwelcomeの投稿が
公式のsnsからなされるが、そもそも
チームに加入予定のないギーにはそれもなかった

次の舞台へ

しかし、彼の挑戦は終わらない。

すでにスペインの名門
バレンシアへの加入が報じられており、
新天地で再びキャリアを築こうとしている。

NBAだけが成功ではない。

ヨーロッパには世界最高峰のリーグがあり
多くの選手がそこで飛躍し再びNBAへ戻ってきた。

26歳を迎えた彼にも、
まだ十分にその可能性は残されている。

ホーネッツのユニフォームを着て
公式戦を戦う姿を見ることはできなかった。

だからこそ、
彼の名前はすぐに忘れられてしまうかもしれない。

それでも、サマーリーグで怪我に泣き、
一度は縁が途切れ、それでも諦めずにNBAへ戻り
数年後に正式にホーネッツの一員となった
その歩みは決して平凡なものではなかった。

短い、、あまりにも短すぎる在籍期間だった。

それでも、
何も知らないまま別れるには惜しい選手だった

そう思えるだけの物語を、
モハメド・ギーは確かに持っていた。

ホーネッツでのページは閉じる。

しかし、彼のバスケットボール人生は
まだ終わらない。

2度ある事は3度あるという。
もしかすると切れたと思われたホーネッツとの縁が
再び繋がる時がいつの日か、、、

いいなと思ったら応援しよう!