「据え膳洗脳」とはなにか
洗脳とは、考える理由そのものを消すこと。
据え膳食わぬは男の恥
などということばがありますが、
「据え膳」とはそもそも、
すぐ食べられるように整えて据えられたお膳
をさします。
簡単に言うと、自分で作らないで食べられるもののことです。
さまざまなシチュエーションはありますが、
据え膳とは、好意や配慮としてサーブされるもの、が基本。
あるいは、
たとえば
「ある朝、目が覚めたら虫になっていた」も、据え膳的シチュエーション。
「忖度」ということばがありますが、
据え膳は、
拒否しにくさと手を組んでいます。
「自分がどうするか」を考える前に、
「受け取る側」としての立場が成立してしまっている。
その世界に生まれでてしまったら、そこから出ていくことはできない。
ザムザ困っちゃう。
洗脳とはなにか
洗脳は、
「脳を洗う」と書くくらいですから、
考えがかわってしまう、人間(脳)がかわってしまう、
という意味。
しかし、これは、
「これまでの考えかたAから考えかたBにかわってしまうこと」
ではないと考えます。
洗脳とは、
もっと足元の部分を変えてしまう。
疑うこと、保留にすること、いったん距離を取ることをさせてもらえない。
考えることそのものをできなくすること。
「ザムザ困っちゃう」のグレゴール・ザムザは、
自分が虫になってしまったことについて「考えた」。
洗脳はされなかった。
反対に、ザムザの家族は、洗脳されました。
虫になった息子をなかば合理的に、結果的には受け入れてしまった。
「で、どうするか」から始めた。
据え膳洗脳とは
据え膳洗脳とは、
思考が始まる前に、選択の前提条件がすでに決められている状態を指す。
現代のわたしたちは、
SNSの普及により、「賛成する/反対する」という選択肢を
与えられています。
形式上に。
しかし、はっと気づけば、
「そもそも根本から考え直す」という選択肢は、ない場合が多いわけです。
提示されているのは意見ではなく、
判断を開始するための座標。
わたしたちはいつも、知らず知らずのうちに、
スタート地点に立たされていますね。
人はその座標の内部で「考え」ているだけ。
手のひらのうえで転がされているだけ。
いつも心にザムザを
据え膳洗脳社会で生きているわたしたちが、
いま考えなければいけないのは、
対策を求めることでもなく、提示することでもないと思います。
もしも「こうしたらいい」と提示すれば、
その時点で据え膳が生まれ、座標が決まってしまうからです。
もしもひとつ、対策的なことを考えるとするなら、
ザムザ化することではないか。
わたしたちは、この世界から異世界に転生することはできません。
この世界で生きていかねばならぬのなら、
せめて、肩までどっぷりつからずに、
半身浴、
「自分はザムザである」という仮定、
ザムザごっこ、。
いつも心にザムザをいだき、居心地の悪さを感じ続けるのもまたよきかな、
などと考えます。
📣Bambina de Oroは一緒に働く仲間を募集しています!
テレビ報道の現場で活躍する新たな仲間を求めています。
興味を持たれた方は、ぜひ以下のリンクから詳細をご覧ください。
🔗 採用情報はこちらから
↑Indeed掲載中の求人情報もご確認ください。
HPやLINEからのご応募も受け付け中。
LINEアカウント @bambinadeoro

読んでいただきありがとうございました。
