こづつみ【第四話】
第一話↓
前の話↓
『第四話』
村長の家に挨拶に行った夜、花浪が寝ようとしているとカサカサと物音がした。葉が風に揺れるような音。そんな何気ない音も妙に気になって眠れずにいた。
変なことを聞いたから神経質になっているのかもしれない。そうでなくとも慣れない土地に精神をすり減らしているのだからちょっとした物音を気にしてしまうのも無理はないだろう。そう思い布団を頭まで被り、自分だけの防音室を作ると次第に瞼がとじていった。風が入らず、朝には汗を布団に染み込ませていた。
翌朝、花浪は朝日に照らされ身動ぎすると布団に蒸されてしっとりとした服を肌に感じた。重い瞼を開け、あくびをすると光と共に絡まった粘っこい唾液が喉の奥に落ちていく。あまり心地よくはない目覚めを少しでも晴らすべく洗面所へ向かった。服を着替え、コップに水を注ぎ、口をゆすぐ。少しばかりの清涼感が身体を駆け巡ると段々と目が冴えてきた。
布団を蹴り飛ばし口を開けて寝ている圭吾の尻を蹴飛ばし、叩き起こす。
「なんだよぉ、いたいなぁ」
そんなことを呂律が回りきっていない舌で言って圭吾は布団を被り直した。
「さっさと起きて、今日も農作業するんでしょ?」
「もうちょっとだけぇ」
「圭呉が農作業はいいぞーとか言って連れてきたんでしょ。」
「そうでぇーすおれでーす」などと要領を得ない会話に諦めをつけ、花浪は朝御飯の支度をしに台所へ向かった。どうせご飯ができれば匂いに釣られて勝手に起きてくるだろう。
花浪の予想通り朝御飯の支度が終わる頃には圭呉の目は覚め、二人には大きいテーブルで食卓を囲んだ。
「村には慣れてきた?」
「うーん、まださすがに慣れてはいないかな。」
「そっかぁ、俺的にはだいぶ馴染んでるように見えるけどなぁ。」
馴染むどころか疎外感すら感じているのに何を言っているんだ。今まで何をみていたんだという疑問を味噌汁と一緒に花浪は飲み込んだ。そんなことを心の内でしていると圭呉はしばらく唸った後、「あ、そうだ!」と何か閃いたような顔をした。漫画の世界なら電球が出ていたであろう見事な表情であった。
「村の勝手に慣れるためにも近所の家に挨拶に回ってきたら?まだうちの親と村長としか会ってないし。」
確かにここ最近忙しくて忘れていたが花浪たちは近所に挨拶をしていない。これからお腹もどんどん重くなって中々外に出られなくなることも予想されたので花浪は圭呉の提案を受けることにした。
そうして食事を終えると圭吾はバタバタと身支度をし、農作業へと向かった。
静かになった家で一人、花浪は家事を始めた。洗濯機を回し、その間に食器洗いと掃除機を済ませる。洗濯物を干し終えるとまだお昼には早い時間だった。椅子に座りふぅと息をつく。思えばここ最近ゆったりと一人で休む暇がなかった。引っ越しにその片付け、義両親への挨拶、村長宅への訪問。どれも新鮮さはあるもののこうまで立て込むと気疲れが勝る。今日はさっさと家事を終わらせてゆっくりと休もう、静かになった家に少し寂しさを感じながら花浪はそう思った。
モズの地鳴きとカサカサと草木が風に靡く音だけが風に乗って流れていた。
その夜、ゆっくりした弊害か、あまり疲れが溜まっていないせいか今日も花浪はなかなか寝付けずにいた。またカサカサと音がする。昨日のように静寂を作ろうと布団を頭まで被った。するとカサカサという物音がむしろ大きくなった気がした。不思議に思い耳を澄ませているとどうやら下から聞こえてくる。一瞬疑問に思ったが床下に生えてる草木が風にあおられて擦れているのだろうと花浪は結論付けた。諦めて布団から顔を出し、自然と瞼が閉じるのを待つことにした。その日はほとんど風がなく、寝心地が悪かった。
翌日は雨であったため花浪と圭吾は家で久しぶりに夫婦二人の時間を過ごした。
夕方になり、外に出て雨戸を閉めようとした時、花浪はあることに気がついた。
「うちの床下コンクリートじゃん」
小さな隙間から見える家の床の下は何も生えていなかった。
その夜、花浪は昨晩と同じように眠れずにいた。いや、昨晩とは異なり明らかな違和感を感じて眠れずにいた。
音がする。カサカサというあの音。風に吹かれて葉が擦れあっているような音。それも下からである。床下の草が揺れているのか?いや違う。先刻床下に何も生えていないのを確認したばかりだ。花浪の背中にヒヤリとした汗が流れた。では何か。ネズミか何かが床下で這いずり回っているのだろうか。
一つの違和感がその考えを否定した。
動いている。床に動きが伝わっている。
ネズミなどよりも明らかに大きい。それでいて多くの音が同時に広い範囲から聞こえてくる。そして床下で何かが蠢いているのを背中に伝わる振動で感じとった。
もしもこれがゴキブリやネズミのような小さな生き物の仕業であるのならば一体、どれだけの数がいればこの床を振動させられるのだろう。大量のもぐらが土を掘っているとでも言うのだろうか?そんな小さなものではない。確実に巨大な何かが蠢いている。
汗が服に染みこみ、肌に張り付く。普段であればそんな不快感を少しでも和らげようと寝返りを打っていただろう。だが寝返りは打たなかった。ピクリとも動かない。そもそもそんな些末な不快感を感じる余裕はなかった。言い知れぬ恐怖にただ身を固めていた。
強烈で甘い匂いが充満している。どこかで嗅いだことのあるねっとりとした甘い匂い。糸を引くような甘ったるい嫌だった匂い。
ドゴォーン
近くで雷が落ちた。
その音に一瞬ビクッとし、身体が動いた。
圭呉の身体を揺さぶり、起こそうとする。
「んんぅ、なにぃ......?」
そんな腑抜けた圭呉の様子を無視し、花浪は小声で捲し立てた。
「何か、何かいるって」
「ここらへんじゃぁ泥棒なんて入らないとおもうよぉ......?」
「床下!何かいるの、動いてる。」
「ゆかしたぁ?」
そう言うと圭呉は少し虚空を見つめた後、口を開いた。
「あぁ、きっと雨だから山神さまが見守りにきてくれたんだよ」
「ちょっと!?」
じゃあ明日も早いし寝るねと言ってそのまま布団を被ってしまった。
「ねぇ、圭呉ってば!!」
花浪の声に圭吾はまるでうるさいから早く寝ろとでも言うように手をヒラヒラと振るだけだった。
結局、花浪はその夜、一睡もできなかった。
眠る勇気が湧かなかった。
次の日、隈を作った花浪はいつも通りのまだ慣れない日常を過ごした。
どんよりとした気分の花浪とは裏腹に空は雲一つない快晴であった。
まるで空が花浪を嘲笑っているかのようだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
突然田舎に行って、聞き馴染みのない言葉を聞いて、しかもそれが自分だけあぶれている状況であれば肉体的に疲れはとれても誰でも精神的な疲れは溜まります。ましてや彼女は妊婦です。神経質になるのも無理はないでしょう。だからちょっとした物音が気になってしまうのも仕方ありません。変な妄想をしてしまうのも仕方ありません。
だからきっと床から感じた動きも音も地震とそれで何かが揺れた音を勘違いしたのでしょう。もしくはそもそも動きも音も本当はなくて、全て彼女の幻聴だったのかもしれません。
そういうものなのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
第一話↓
前の話↓
次の話↓
