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百瀬雄太さんのうた

個人ブログ2024.4.24の記事よりnoteへ転載

 庭文庫でのソロ演奏会と、地元の素晴らしいミュージシャンとの楽しいセッションが終わった。
 その後、百瀬さん、実希さん、麦ちゃん、弦さんと共に、近くの中華料理屋さんでご飯を食べた。
 それから、百瀬さんが「歌いたくなった」ということで、百瀬さんと僕の二人で庭文庫へ。

 そこで僕は百瀬さんの歌を聴いた、というより、全身で浴びた。凄い歌だった。涙が止まらなかった。こんな歌を聴いたのは初めてだ。しかも独りが独りに向かって歌を届けてくれるなんて。
 歌い終わった後、バターン!と百瀬さんは畳に倒れ込んだ。命懸けだったのだ。命懸けの歌。
 しばらくしたら起き上がり、僕は百瀬さんの腕を取り、泣きながら「ありがとう」とハグをした。「生きてていいんですよ」百瀬さんの優しい声がほんわり響く。

 歌は完成度の高い曲のようだったが、後で尋ねると即興だったという。歌詞もその場で即興で紡いだという。なんということだろう。驚愕した。その時僕が歌から受け取ったものは「楽しいことも苦しいこともあるけれど生きる。生きてていい」ということだった。

 それから深夜まで語らった。内面の痛みと傷について、自身の歌の起源について、将来の展望、怒りと性、絵を描くこと、村上春樹の小説について、届く音と届かない音とヘタウマについて、世菜さんのZine(今度、庭文庫で祝祭をやるそうだ)と、そのコール&レスポンスで書かれた実希さんの「まじで肩パン」(爽快!ラップのよう。未発表)についてなどなど。途中から僕も「弾きたくなったから弾きます」ということで、シューベルトのアヴェマリアを弾いたり。かけがえのない時間だった。

 翌日からだんだんと言葉が溢れてきた。その一部は百瀬さんに伝えたけど、ここにも書き記しておこうと思う。
 まず、百瀬さんへ送ったメールを一部修正してここに載せる。

百瀬さん

 こんにちは。
 あの夜のことを思い出しています。

 病気が辛かった頃に、こんな詩のようなものを書いていました。

ポリポリ掻いたら皮膚が落ちる
粉雪のようにパラパラと
僕の身体は雪雲か

掃除機で吸いとる
僕の身体はゴミだ

掃除機が壁に当たり
イライラが家中に響く

僕の精神の気象図は
憂鬱な雨雲へと変わっていく
生きていく価値もない


 この時は毎日痛みと痒みとパラパラ落ちる粉のような皮膚とで辛いものがありましたね。
 最近、近所の公園で桜が舞って、地面が花びらで雪のように真っ白になっていました。それを見て、なんだか悲しいというか切なくなったんですよね。症状がひどい時の身体感覚とリンクしていたんだと思います。ほんとひどい時は皮膚の粉で床が真っ白になってしまうので。

 お話したかもですが、いしいしんじさんの最近出た短編集「マリアさま」
 背表紙に書かれていた「土」という話が気になりました。体がぼろぼろと土に変わってしまう病気をわずらう兄と、その土を一粒のこらずあつめてバラを育てる弟の話です。

 8ページの短いお話で、本屋で立ち読みした時は「うん、そうか~」という感じで、その時はあまりピンとこなくて手にはしなかったのですが、ずっと気になってました。
 それで百瀬さんのあの命がけの歌を聴くというより浴びて、はたと気づいたんです。
 あの時の感覚を思い出すと、僕の身体全体に流れる今まで蓄積していた悲しみのようなものが(粉の皮膚、土)、僕の足裏からバーッと噴出して百瀬さんの歌に吸い込まれ、クライマックスのところで百瀬さんの背中のあたりからこまかい光の粒子のようなものが、光の花びらのようなものがたくさんの蛍が飛ぶようにバーッと空へ昇っていくのを感じました。

 翌日になって、百瀬さんに、あれは大仏や菩薩のようだと言いましたが(百瀬さんも「うん、光が放射するような体感がありました」と仰っていた)、今思うとあれは「光の樹」そのものでした。
 きっと、百瀬さんから放たれた光の粒子たちは集約されていって、黄金の龍になって空を舞っていったんだと思います。拙著「光の樹」の2章に書いた「龍神」と、詩「光の樹」の世界そのものでした。


光の樹 (Trees Of Light) / 大竹弘行

太陽の殻を破り
光が垂直にのびていく
まるで黄金の水を吸い上げて 
カラダが満ちていく樹のように

古代から現代へと続く
祈りの枝葉が
無数の雲の鱗となり
カラダとなっていく

言葉は光だ
絵は見えない森へと通じる窓だ
眼差しを投げろ
黄金に縁取られた眼差しを

遠く離れたあなたとわたしとの間を
龍となった眼差しが
言葉の光をくぐり
永遠に向かって飛翔する

無意識の空に龍の跡
一瞬は永遠
永遠は一瞬
大地に眠る月へと還っていく

 今思うと、太陽から生まれたあの雲龍は、僕の意識が具現化したのか。。。人知を超えてます。。。
 後ろから見られている大いなるまなざしと目が合う瞬間というか。
 そりゃあ、あの龍が百瀬さんの身体を通過したんだから重いし倒れるわなと(笑)

 それからというものの、今は身体が軽くて、内面は透明でして、闘病した3年間の負の感情みたいなものがきれいさっぱりと消えたようです。今までの僕の悲しみや痛みを錬金術のように光の樹に変えてくれた。百瀬さんの存在自体と歌で治療してもらったような感覚です。

 先に挙げた「土」での兄は僕で、弟は百瀬さんじゃないかと勝手ながらに感じました。これから本屋に行って買ってこようと思います。

<i>まるでベッドに横たわる背をさすり、乳酸のたまったふとももをもみほぐすように、五本の指を優美に使って、兄から出た土をひろげ、堀り、ならしていく。ティムの左目には、それはただの土ではなく、兄のからだ、兄の声にさえ、みえているのかもしれない。
(中略)
ナイルズのいう、胸の底の、土や石ころだけのだだっぴろい原野は、そうして気がつけば、バラや月桂樹、名の知れない野花で満たされている。ティムは、ティムだけが知っているやりかたで、その土地まで兄を連れて行こうとしている。
(中略)
振り向かないまま、ティムははっきりとした発音でいった。
「バラ」
「そうだ、バラだね」
 ヒョイとふりかえって、ティムはニッと笑った。そうしてダウンベストのポケットに詰め込んだくず野菜と生ゴミを、雛に餌を与える母鳥のように苗木の周囲に埋めていき、最後に、まんべんなくかけた土の上を、透きとおったてのひらで大切そうに撫でた。

いしいしんじ「マリアさま」より「土」

 ああ、僕はこの人に出逢うために今まで修行したり生きてきたんだと。人生の汀に立っているように感じました。
 ほんとうにこうして出逢えて良かったです。ありがとうございます。

 汝と我というか、あなたはわたしであり、わたしはあなたである。入れ替わるというか不思議な感覚でした。

 僕の体感としてはこんな感じですが、百瀬さんはお身体大丈夫ですか?
 うーん、でも、なんか全然言葉ではとらえきれないですね、あの凄さは。

 あの夜の歌や、セッションや、帰りの見送りしてくれた時のカントリーロードでの百瀬さんの歌を聴いていて、なんだか不思議だなぁと感じていました。
 歌っているのは百瀬さんなのに、同時に遠くの山からボーっと響いていくような声。透明な光のような声。どこからあの声が出るのか。
 特にカントリーロードはジブリの影響もありますが、一気にアニメの世界というか、この世ならざるところに空間が変容して包まれるんですよね。百瀬さんが人間じゃなくてトトロみたいに見えてきて(笑)百瀬さんが植物とかに向かって歌っていた経験が影響するのかなと勝手ながらに思ったり。
 
 坂口恭平さんの声にも通じるものがあって、

 庭文庫にも置いてあったと思うんですけど、「創造と表現の源泉へ」のP14

石牟礼道子の詩を我々がからになって歌うんだよ。震えるのだ。
我々は我々ではない。からの器であり、道子なのだ。

坂口恭平「創造と表現の源泉へ」のP14


 っていう話にも通じるのかな。

 苦海浄土の話にも通じるし、横道誠さんはそれを巫女の口寄せ(除霊憑依術)のようで、「他者インストール感」と言ってました。

 百瀬さんは、いやーなんかほんと素晴らしい歌ですよ。。。初めてですわ、こんな感覚は。。。ありがとうございました。
 他にも伝えたいことはありますが、すでに長いのでこのへんで。
 では良い一日を。

大竹弘行
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 次から次へと言葉が溢れてくる。あぁ、止まらない。光の粒子のようなもの、言葉の光が溢れてくる。これは吐き出さないと仕方がない。ここに書き記しておく。

 ちなみに、今まで書いた光とか龍とか、下記に書いた柱というのは、もちろん実際に見えたわけではなく、あくまでイマージュというか、百瀬さんの存在自体から醸し出されるエネルギーの方向・流れのようなものだ。

 百瀬さんの歌っている時の表情を見ていて、豊かな墨の書のように動く眉毛と、それに伴って動く目の表情を見て、「あぁ、この人はこんな顔もするんだな」と感じつつ。だんだんと百瀬さんの顔が少年の頃の僕の顔に見えてきた。まるで鏡を見つめているような感覚。すると、僕の幼少期から現代までの記憶が走馬灯のように巡って旋回し出した。百瀬さんが僕のなのか?自他が入れ替わったかのような不思議な感覚。僕が流した涙は百瀬さんの涙でもあり、逆に百瀬さんの歌は僕の歌であり涙でもあった。
 新海誠「きみの名は。」や、古いところだと大林宣彦「転校生」みたいな世界観を体感したような感じ。

 記憶が前後しているかもだが、それから、森のふくろうのようにほぉほぉ鳴き、舞踏のようにドンドンと足をゆっくり踏み鳴らしながらギターを弾き、即興詩をとつとつとつぶやく。最後は笑顔で「生きる」と。
 ここでは無数の天に届く柱が百瀬さんの周りを囲っていた。百瀬さんが今まで読んできた本の思想の柱が建っていくようだ。知恵の柱。死んだ知識ではない、間違いなく百瀬さんの中で生きている知恵・生きる思想のようなもの。それと同時に百瀬さんは僕という人間を読んでいたんだと思う。全神経を集中させて身体いっぱいに。
 あぁ、百瀬さんはいつもこうして本を読んでるのかと感じた。この人の深い感受性や傾聴力はここにあるのかと感じた。

 それからのクライマックスは森羅万象そのものを歌っていた。いつだったか百瀬さんが聞かせてくれた、百瀬さんの師匠のかやの木さん(庭文庫の近くにそびえる樹齢数百年の樹)や、亡くなって空いちめんにひろがっていった猫のさとりさんのこと、百瀬さんの今まで感じてきた悲しみなど、そんな感情をひっくるめた人生のすべてが僕のすべてと絡み合い、桜吹雪のように舞って空に飛翔した。その時の百瀬さんは大仏のようであり、かやの木のようでもあった。ハレルヤ!リジョイス!肯定の歌であり、愛の讃歌だった。それこそ僕の生涯40数年分の凝縮された時間が、あの時流れていた。
 それは、舞踏家の最上和子さんが言う「内在世界がごっそり裏返った」「人間と世界の新生」というお話にも通じている。うん、下手したら宗教になっちゃうけど、これは人間と世界の新生だ。

 後日、家に帰っていつもの生活に戻ると、ある変化に気付いた。例えば本を読んでいると、そこに書かれている作者の何気ない感情の機微に反応するようになった。今まで気付かなかったものに反応するようになったというか。そういった気付きの感覚や傾聴力が鋭くなった気がする。僕は言葉の連なりを音として捉えてしまうのだが、目で聴く解像度が上がったように感じた。僕の中で百瀬さんの魂みたいなものが残っているのだろうか。少なくても、あの歌の余韻が続いている。

 以前、百瀬さんがこんなことを書いてくれている。

Twitterを通じて、そして、彼の著作である、『光の樹』を通じて、肉体より遥かに深く彼との呼応を感じてきた僕にとり、彼という実存は、なんだかとても深く、身近なのです。

 ここにある、肉体より遥かに深い呼応。「滅多にこういう歌い方はしない」と仰っていたが、そりゃそうだ、毎回あのように歌っていたら死んでしまう(笑)。あの後、僕は「どうか死なないでくださいね」と言った。本はモノということで、人と接するのとはまた違う感覚があるが、そこに書かれた作者の言葉との深い呼応がないと、庭文庫の本の紹介にあるような、あのような文章は書けない。確かに百瀬さんのあの歌は肉体よりも遥かに深い呼応だ。

 近所のレンタル屋で映画のDVDをたくさんかりてきて、昨日は「怪物」と「千と千尋の神隠し」を観た。「レ・ミゼラブル」は長いので途中まで。どれもこれも場面場面で泣けてしまってしょうがない。明らかにセンサーの感度が良くなっている。そして、ここ3年程、不眠に苦しんでいたが、眠れるようになった!昨日は恐らく5時間位眠れたんじゃないか。

 庭文庫にある貴重な雑誌「風の旅人」の中に、染織家の志村ふくみさんのインタビューが載っていた。

 その中にあった植物から緑の色を出すお話。拙著にも引用させてもらった。

緑の色は直接出すことができないが、そのかわり、青と黄をかけ合せることによって緑が得られる。
すなわち、藍甕に、刈安・くちなし・きはだなどの植物で染めた黄色の糸を浸けると、緑が生まれるのである。ほかの色は色が染まるというのに、緑のときだけはなぜか生れるといいたくなる。
みどり児の誕生、甕から上ってきた緑色に思わずそういいたくなるのはなぜだろうか。
やはり緑は生命と深いかかわり合いをもっていると思う。生命の尖端である。

志村ふくみ「色を奏でる」

ゲーテは「赤は天上の色、緑はこの世の色」と解釈していましたが、私の染織の経験からすると、緑は「命の色」に思えます。そのように緑は生命の本質的な色であると捉えると、染色では緑を抽出できないことは、当然のことだと思えてきます。なぜなら、緑が命の本質的な色であるなら、火や水に晒されて死んでしまうのはごく自然だからです。
(中略)
ゲーテは、「光に一番近い黄色と、闇に一番近い青が結合したところに緑が現れる」と言っています。また、私がこの道に入るきっかけにもなったシュタイナーの「色彩の本質」では、色の考察を緑からはじめ、「緑は生命の死せる像を表す」と定義しています。緑という色に、私たち植物の本質である生命を感じとりますが、その緑の色自体には生命の本質は存在せず、その像であるということです。つまり、生と死のあわいに存在するのが緑なのです。

志村洋子「夢もまた青し」

 それを読んでいて、こう思った。
 百瀬さんと、感動する音って何なのか、という話もしたが、過去に受けた傷(青色・闇)があるからこそ、その人が本来持っている光(黄色)と結合し、緑とはいかないまでも、その人独自の色彩が音色に表出されるのでは、と思った。同じ傷と言わないまでも、百瀬さんと僕は傷というものを共有している。それは盟友の福ちゃんが言っていた「傷ついているから好きなんだ」にもつながる。

 まだ色々とあるような気がするが、このへんにしておこう。
 とにかく出逢えて良かった。ほんとうにありがとうございました。
 これからもお互い生きて「心ある道」を歩んでいきましょうね。
 僕自身と、僕の本を見つけてくれたことへの感謝を込めて、僕の音楽と、この言葉を捧げます。

先日庭文庫で素晴らしいライブをしてくれた、コントラバス奏者の大竹さんが、その夜に、僕がふと歌いたくなり歌ったうたのことや、その他のこと、いろいろを書いてくれました。
僕は彼にむけて彼のうたを久々とも思える全身全霊で歌ったのですが、そのことについて素晴らしく、様々な言葉で書いてくれました。
僕は、自分のうたについて、こんなにも長くいろいろを評してもらったのは、はじめてのことで。ありがたく、そして、うれしいです。
よかったらみなさん
お読みください。

百瀬雄太





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