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コントラバス1本によるソロ演奏会「光の樹」(@庭文庫)

個人ブログ2024.4.28の記事よりnoteへ転載

 予め命綱を張っておかなければ。そうしないと気持ち的につぶれてしまう。デジハリで勉強することを決めたのもそのひとつ。
 今なら庭文庫に行ける。GWになったら混むだろうし、GWが過ぎたらデジハリの授業が始まってあたふたしそうだし、今しかない。以前、庭文庫の百瀬さんと、皆でセッションしたいねえ、と話していた。楽器を持って行こうか、どうしようか。いや、まずは百瀬さんに、僕の本を見つけたくれたことへの感謝を届けたい。僕の演奏を、音楽を聴いてもらいたい。「読了」という言葉はあまり使いたくないが、本だけでなく、僕の音楽を実際に聴いてもらうことで「光の樹」は初めて読了する。ということで、ソロで演奏することを決意。庭文庫に宿泊の予約をしたのが4月12日(金)。それから店主の百瀬雄太さんと実希さんに以下のようなメールを送った。

恐縮ですが、4/20(土)(または21日か)にそちらで僕のソロで30分ほど演奏させてもらえないでしょうか。
お客さんなしで無料でも構いません。
百瀬夫妻には、拙著「光の樹」とともに僕のことを見つけてくれたことへの感謝を込めて演奏したいと思ってまして。
それと、私事で最近ある出来事がありまして、今ここでこれをやっておかないと次のステップへ行けないような気がしてて。。。
個人的な事情ですみません、ご検討いただけないでしょうか。

 そしたら実希さんより「ぜひに!とっても嬉しいです。」と返信をいただいた。その後は色々とやりとりして、急にも関わらずチラシを作ってくださったり、宣伝もたくさんしてくださったり、とてもとても有難かった。
 さらに百瀬さんが声をかけてくださって、地元のミュージシャン達、詩人の石原弦さんや、庭文庫の常連でギターを弾くやまださんが来てくださることになった。ソロ後に皆でセッションをしようということになった。ワクワクしてきた。
 
 ライブへの意気込みというか、挨拶文を送って、百瀬さんも挨拶分を添えてくださり、ライブ情報が公開されたのが4月16日(火)。

 自業自得だが、演奏会の準備に1週間しかない!でも、これは過去にソロを2回やった経験が活きた(拙著の出版記念@たまゆら、シントンでのソロ)。将来的に庭文庫でやるために今までのソロがあったんだと思う。具体的な目標が出来て、今までダラダラやっていた練習にも身が入る。

 スマホにスマートEXを入れて、新幹線の切符の予約。パスモに切符の情報が入るので、改札はスマホをかざすだけで済むし、予約変更も出来るし、色々と便利だった。楽器が大きいので、念のため、一番後部座席にある「特大荷物スペースつき座席」を予約。後で知ったが、楽器をケースに入れておけば、「特大荷物スペースつき座席」の予約は不要だという。

 庭文庫への移動日の朝になって閃きがあって、庭文庫は展示もできるから、どうせなら拙著で紹介したアーティストの作品や、関連するものを展示したい、と連絡。「展示、いいですねえ~ありがとうございます。」ということで、持っていくことに。その後、百瀬さんから「光の樹、関連本も並べられたらとふと思いましたが、もう当日なので笑、店にあるもののなかしか無理ですね。」と連絡いただき、移動中の車中で、拙著で引用した作品や、関連本のリストを作って送った。

 結果的にこんな感じで展示してくださった。ありがとうございます!
 展示によって、本の醸し出す世界が立体的になった。

 4時間以上かかって、やっと庭文庫に到着。ほへ~。やっとのことで生の百瀬さんに出会うことができた。

 夜は庭文庫の空間を独り占め。なんて贅沢なんだろう。庭文庫の本棚を眺めていると、ポップさと深さが同居していて、目には深い色彩の絵画が、耳には現代音楽的なこれまた深い響きの交響曲が響いてくるようだ。童心にかえって宝探しをしているようだった。ここには、何よりお店の人の愛情と思いやりが、庭文庫に集う作家達の想いが溢れていた。あたたかい空間。

 ステージとなる庭文庫の玄関の土間で楽器を弾きながら、僕の気持ちと、庭文庫の空間が共鳴するのを確認しながらプログラムを決めていった。

 床につくと、車の通りがなくなるというのもあって、深い沈黙が拡がる。自分の中の鼓動が床に反射して聴こえた。

 朝は鳥の鳴き声が豊かだ。艶やかで良く響く。東京の鳥より歌が上手い気がするが、環境による響きの違いなのかな。シンフォニーだね。木曽川の水面は艶やかな緑色だった。山も近くて雄大だ。楽園のようだった。

 翌日の14時から演奏会。
 お越しくださった皆様、ありがとうございました。
 庭文庫の懐に抱かれて、さらに百瀬さんに僕の気持ちを・愛を(笑)届けたいという想いが溢れ、好き勝手に自分ワールド全開で演奏してしまい、30分のはずがMC含めて1時間半もやってしまった(笑)
 百瀬さんがここで仰るように、僕は「自然の生」を生きていた。「わたしはこういう人間です」「このように生きてきました」という自分自身のプレゼンのようだったな。一般のお客さんは引いてたと思う。でも、じっくりと聴いていただいて感無量だった。


 以下、セットリストです。

コントラバス1本によるソロ演奏会「光の樹」(@庭文庫)セットリスト

(前半)バッハ / 無伴奏チェロ組曲第2番よりプレリュード
讃美歌 / Amazing Grace ~ もろびと声あげ
チャップリン / Smile
Joni Mitchell / Both sides now
いずみたく / 見上げてごらん夜の星を
シベリウス / もみの木

(後半)
7. 大竹弘行 / 太陽の声
8. 大竹弘行 / 月の祈り
9. 林晶彦 / 光の樹の詩(うた)
10. 林晶彦 / Gratitude 感謝

 気持ちが沈みがちになっても笑顔でいたい、アップテンポにしてプログラムに変化をつけようということで、チャップリンのSmileが良いかもしれない、と考えていた。そしたら偶然にもその日がチャップリンの誕生日(4月16日)だった。後で庭文庫の棚を見たら、チャップリンの自伝があったので良しとした。
 チャップリンの名言で「人生は、近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」というのがある。今、この人生を近くでフォーカスして見れば悲劇かもしれないが、年齢を重ねて、自らの人生を鳥瞰して見たら喜劇かもしれないなと思った。

 ジョニ・ミッチェルの曲は名曲で、いくつかの映画でも使われている。Lars Danielssonの演奏を参考にして、自分流にアレンジ。これも、庭文庫にジョニ・ミッチェルの評伝(じゃじゃ馬娘、ジョニ・ミッチェル伝)があったので良しとした。

 百瀬さんに教えてもらったフィンランドのセラミック・アーティスト、ルート・ブリュックの作品に魅かれ、急遽、同じフィンランドの作曲家であるシベリウスの曲をやったりした。

 僕のオリジナル曲達が囁く。「お前、庭文庫でやらなくていいのか?百瀬さんに聴かせなくていいのか?」と。そんな曲への生前供養だった。僕がやらなきゃ曲が死んでも死にきれない。
榎本空さんが「それで君の声はどこにあるんだ?」に書かれていたように、アリマタヤのヨセフがイエスを埋葬したように曲を埋葬していった。

 讃美歌では、皆の前で正直に、急にこの日にやることになった理由など、今の気持ちを懺悔をした。
 神主の鎌田東二さんによると、鎌田さんが若い頃に、美学者の高橋巌さんに学んでいて、高橋さんによると、懺悔(悔い改め)はギリシャ語で「メタノイア」と言っていた。その意味は、これまで自分が感覚的に捉えてきた世界を、転換せよ、ということだという。「感覚を変えよ」と。
(南直哉&鎌田東二「死と再生」P140より)

 最後は、林晶彦さんの「Gratitude 感謝」が良いと思い、この日に向けてベースソロ用にアレンジした。林さんにも事前に連絡して演奏許可をいただいた。
 ベースソロの曲ってあまりないので、どこからか取り寄せるしかない。ピアノからベースへの翻訳。ベースの文体でうまく響くように翻訳する。引き算の世界だ。僕は翻訳家なのか?
 調性はD♭からDに変更。これで開放弦が使える。我ながら良いアレンジになったと思う。

 玄関の土間で演奏したが、遠くの部屋の奥にあるソファーで聴いていたみきさんが、まるで目の前で弾いているようだったと言ってくれた。僕の周辺では、どちらかというとデッドな印象だったが、空間に音が馴染んでいる印象はあった。

 今までのソロもそうだったが、音楽と文学との間について考えたいと思う。
 「根を持つことと翼を持つこと」があるとすれば、文学は根であり、音楽は翼だ。その間に身体という「ふるさと」がある。鳥は大地がないと空を飛ぶことができないように、自由に飛ぶためには大地が必要だ。音楽は翼のように飛ぶことができるけど、そのためには言葉、思想という大地が必要なのではないかと思っている。演奏したら考えて思想化する。そして、また演奏したら考える、の繰り返し。こうして言葉の大地を耕し、滑走路を整備していく。

 終演後、「とても良かったです」と百瀬さんが握手をしてくださった。はぁぁ、やり切った。もう死んでもいい。今回、百瀬さんに聴いてもらえてほんとうに良かった。僕の目の前で全身全霊で聴いてくれたから、僕も全身全霊で演奏し、話をした。音楽と文学の間を行き来しながら。
 百瀬さんによると、コントラバスの音は大地のようで内側に来ますね、と仰っていた。うんうん、そうだ。音の響きは奏者の身体にも響いてくる。

 2部は、百瀬さんと弦さんとやまださんとセッション。楽しかった。
 お三方ともに歌を歌われる。かっこいい、素晴らしい。
 弦さんが歌っていたThe Bandの曲や、やまださんがギターにファズをかけて気持ち良さそうにチョーキングをしている姿が忘れられない。
 


「光の樹との出会いについて」

 庭文庫に滞在最終日に、亜海さん(以前、写経のイベントを庭文庫で開催)と、きいちさんがふらっと来店されたので、百瀬さんの案で急遽演奏をした。これも全身全霊入魂の1曲「太陽の声(雨乞いの唄)」を。間奏のアドリブ入れたりして、自由な感じでやった。1曲入魂だから、やや激し目に。本番のソロより良い演奏だったんじゃないか(笑)音楽って生き物だね。今ここの状況で生成されるもの。この曲を結果的に2回演奏したから、ほんとに雨が降ってきた。東京に戻ってきてからも2日間ほど雨の日が続いた。

 帰りは映画のエンドロールのように雄太さんと実希さんがカントリーロードを歌って見送ってくれた。
 雨の中、楽器を転がしつつ最寄りのバス停まで歩いてたら、たまたま通った車が停まり、僕のことを心配して声をかけてくれて、「乗っていってください」と。お言葉に甘えて恵那駅まで送ってもらった。近くの森でイベントがあり、その帰りだったという。思いがけないご縁に感謝。
 帰りの新幹線では、隣の列が空いていて、乗務員さんが気遣ってくれて、楽器を置くことができた。ありがとうございました。僕の楽器だと2席分のスペースを使ってしまう。
 というわけで帰路は色々と良いことがあった。有難い。

 実希さんの本にも書かれてたが、

「わたしは本というメディアを信じている」

 今は出版業界や本屋も厳しい状況だと思うが、この言葉に僕は大変励まされた。僕は本屋をやっていないが、本を愛する者として。

 雄太さん、実希さん、これからも応援してます。お陰様で一生ものの思い出となりました。
 皆様、ありがとうございました。

<i>岩瀬さんがあわ居をやっていたり、詩を書いたりすることとかもそうだけど、自分でもよくわからないけどそれをやっちゃうということ、そこにはそれ相応の、それぞれの事情が、わからないなりにもあるわけです。僕は普段はこんなぼけーっとしてますけど、絵を描く時は、描きながらものすごく暴力的になったり、獣じみて描くんですけど。制作しながら、制作の度に、「こんな俺がいたんだ」って気付く。やばいときには、紙に向かいながら、殺す殺す言いながら(笑)。それは結局、長らく僕は暴力性を抑圧してきたんですよね。親父が家庭内暴力で、両親が離婚をした。僕自身は殴られていないけど、おかんを殴ったのを見ててすごい怖かった記憶があったりして……暴力性を発露すると家族って壊れちゃうんだってそこで思った……。

僕にはずっと想い出す記憶があるんです。僕は十一歳の時に親が離婚して、親父にばれない様に、半分拉致されるように、おかんに岐阜に連れていかれたんです。その車の後部座席で横になりながら、車の窓から青々とした空をぼんやり眺めていた記憶。そのなかで、十一歳の僕はある種、悟っちゃったんですよ。「みんなバラバラなんやなぁ」っていうのをそこで見ちゃった。

その傷自体はもう消えないんですよね。一方で、二十代の半ばに歌を歌ってた時に、歌うことを空にとけるとか、空に還るとか言っていたんです。これも意味づけと言えば意味づけなんだけど、「あぁあの時にバラバラになっちゃったものを、色んな仕方でつなぎ直しているんだなぁ」とそこで思った。空の中でバラバラになっちゃった、ひとりぼっちでしかない俺を歌うことで、空っていう<異>なるものに、自分を溶解させていく。俺は俺だけと俺じゃなくなれるんだなって。より広いものに開かれて生きている感じがするなぁという過程があった。

だから自己肯定って、傷に居場所を与えることでもあるなぁと思う。それがそうなっちゃっていること自体は善悪ではなく、いろんなものの絡まり合いから起きている。あわ居に来る人たちにもそれぞれに生きていくうえで、いろいろあると思う。そこで誰かを責めることは簡単だと思う。「あいつが悪かったからこうなったんだ」って責めて解決しようとする人も多いんだろうけど……でもなんかそれは、根本的な解決というか、治癒にはならないような気がしている。その傷をまるっと受容することで、他責にせず、その先に進めるというか……。

あわ居のインタビュー集を読んでいて、岩瀬さんや美佳子さんとの対話を通じて、「あ、自分ってこうだったんだ」って気付いたっていう話がありますよね。多くの悩みって、悩みとして浮上していないところで、こんがらがったりしているなぁという気もする。そのあたりが、対話を通じて、今の自分の思考はこういう構造をしていて、今の時点でこうなっちゃっているんだなって、それ自体として受け入れられると、それ自体として利用できたり、そこから変わっていけたりするよなぁと僕は思っている。そういう役目というか、それが自分に見えるようになる場所として動いているのが素晴らしいなぁと。

僕は普段、庭文庫が社会的にどうこうっていうことは考えていないんですけど……なんで考えていないのかな……それはたぶん一個、僕が歌うことが、社会的に何なのっていうところを考えないことにたぶん似ている。例えば僕が歌って、店で泣いてくれる人がいて、良かったねぇと思うんですけど、でもその人のために歌っているわけでもないなぁ、って僕は思っている。僕が歌いたくて歌っていて、響いちゃって泣くと。それを意味や意義として捉えたら、その人の何かが癒されたということなのかもしれないから、そういうところで言えば、たしかにそこに意味や意義があったのかもしれない。でも僕らはあえて、「庭文庫ってこういう場です」って規定していないところがある。妻のみきてぃとも「元気な人より、心が病んでいたり生きづらい人が生きやすくなると良いね」って話したりはするんですけど、心を病んだ人のための場所ですっていうふうには言う気はない……それはただ僕が言わないだけであって、それを言うべきじゃないっていう話ではないんですけど。

あわ居のインタビュー集にも出てきますけど、真木悠介さんの『気流の鳴る音』をはじめて僕が読んだのが庭文庫を始めた頃です。読んで衝撃を受けた。庭文庫にはあれがくっついている。これは今回の対談の冒頭に、「岩瀬さんはあわ居について理解したいんですか?」っていう問いを投げたことにもつながるんですけど、僕は真木があの本で分析した「四つの敵(*5)」についてよく考えている。そこでの、意味へと疎外されないようにというところ。そのあたりで岩瀬さんはどうなんだろうなと。

岩瀬さんは『ことばの共同体』で、かけがえのない仕事って、言語を超えているところで生まれているよねっていう話をしたり、不安が強くなると概念や形式に頼りがちだよねっていう話をしている。でもこうやって、あわ居の意味を探っている岩瀬さんが今まさにこうしている。あわ居は不可避に生えてきていて、それをもちろん言語で分節することはできるんだけれど、岩瀬さんが書いているように、ともすると意味で囲い込むことで、損なわれるものもあるよなぁと思ったりもしていて。それが今回の対談の依頼を受けた時に一番困ったところ(笑)。

<後記>
 昨年の12月末から持病の症状が悪化。今回は身体的にも精神的にも限界だった。近所の鍼灸師さんの薦めで西洋療法に戻すことにした。薬のおかげで身体の症状は回復。この闘病記でお察しがつくかもしれませんが、4月に離婚をしました。「讃美歌では、皆の前で正直に、急にこの日にやることになった理由など、今の気持ちを懺悔をした。」と書きましたが、このことを言いました。


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