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ファンタジー小説【黎明のキアロスクーロ】ep.25「第四章 石を落とし、星を掲げよ」

勇者の帰還

 陸地が見えてきた頃には、すでに空は茜に染まっていた。

 首都・ロムレアは未だ人出が多く、露店にも活気がある。
 人々に見つかるのを承知でぴーちゃんにやや高度を落としてもらったが、騒動が起こっている様子はなかった。

 キアロたちは「ひとまず安心だ」と頷き合い、山上の宮殿を目指す。そして、裏手にやってきたところで異変を発見した。

 なんと、リリスが映像で見せてくれた騎士たちが、宮殿裏口に突撃していくところだったのだ。
 彼らのマントの下からは、帝国軍の甲冑が覗いている。

 スクーロが真っ青になって叫んだ。

「あいつらが、半日かけてロムレアにたどり着いたのはわかる。でも、山側の搦手からめて門にだって優秀な見張りの兵士が大勢いるし、敷地内は歩哨が巡回してんだぜ!? あんな少数で突破できるわけ……」

「教国側に内通者がいたんだ。しかも、大勢の兵士に命令できる立場の」

 スクーロがはっと息を呑む。

「そんな、にいに?」

「まだわからないよ! でも、きっと反教皇派が帝国の過激派と結んで、謀反を起こしたんだ。スクーロ、ジジとトトが心配だ。まず古代神殿に行きたい」

「もちろんそのつもりだぜ!」とスクーロが手綱を引いた。

 ぴーちゃんが神殿屋上に降り立つなり、ふたりで「ジジ、トト!」と駆けていく。
 双子の名を呼び続けるが、館内には使用人の影すらない。もぬけの殻に反響する声は不気味で、キアロの焦りを増幅させていく。

「嘘だろ、ふたりとも! どこにいるんだ!」

「おい、キアロ! たぶんここにはいねーんだよ」

「ジジ! トト! 返事をしてくれ!」

 冷や汗をかくキアロの腕を、スクーロが力強くつかんだ。

「この騒動の糸を引いてるのがにいになら、絶対にふたりを安全なところに避難させてるはずだ。お前はまだわからないって言ってくれたけど、俺にはわかる……にいにの仕業だ」

 苦しげに眉根を寄せるスクーロを見て、キアロは我に返った。家族が心配なのは自分だけではないのだ。

「ごめん、取り乱して。僕らも宮殿に向かおう。裏口から追いかける?」

 スクーロは少し考えると、空中庭園から、と答えた。

「宮殿屋上の真ん中には、塔に囲まれた空中庭園があるんだ。ぴーちゃんに連れてってもらって、最短距離で教皇の部屋に乗り込もう」

 キアロはごくりと喉を鳴らした。
 宮殿では、先ほどの帝国騎士らと鉢合わせになるだろう。だが、ここで手をこまねいているわけにはいかない。

「行こう、ミケーレさんの革命を見届けよう!」

 スクーロが力強く頷いた。

 夕日が落ちる前の空中庭園は、風雅な楽園そのものだった。
 キアロたちは真紅の薔薇が咲き乱れる地に飛び降り、「ここまでありがとう」とぴーちゃんのふかふかの胸に抱きつく。

 そこに、「貴様ら何者だ!」という声が響きわたるのと、その声の主にぴーちゃんが突進していくのとは同時だった。
 哀れな見張り番は、泡を吹いて失神してしまった。

 スクーロが「ぴーちゃんにはあとでご褒美用意しなくちゃな~」とつぶやきながら、当たり前のように兵士の懐をまさぐり、鍵を手に入れる。
 ふたりはその鍵で、庭師たちの通用口から内部へと突入した。

 まばゆい装飾が散りばめられた廊下を、脇目も振らずに走り続けた。

 見張りはもちろん、使用人の姿もなく、ふたりの足音と呼吸音だけが響く。
 だが、教皇の大居室がある廊下に差しかかると、人払いが行き届かなかったのか腰を抜かしているらしい給仕の女性がいた。

「大丈夫ですか!」とキアロが声をかけると、彼女は震えながら答える。

「ぶ、武器を持った男たちが、教皇様のお部屋に……」

 最上階中央部にある教皇の間の大扉には、二本のツノと、白い花の冠からなる紋章があしらわれている。
 オウガの島から帰還したキアロたちには、今やこのオス・サクラム教国のシンボルがどこから来たか、はっきりとわかる。

 ふたりで扉を蹴破ると、帝国騎士たちが腰を抜かした教皇を追い詰めているところだった。そして、その男たちの中央にいるのはほかでもない。

「スクーロ……キアロくん?」

 平和を象徴する緑のキャソック姿のミケーレだった。優しくくすんだ緑色の瞳が、ふたりに向かって見開かれている。

 対する教皇のそばには、剣を置いた護衛が座り込んでいた。
 すっかり戦意を喪失して両手を上げているところから、教皇の人望がうかがい知れる。
 が、次に口を開いたのは、この嫌われ者の老人だった。

「おお、スクーロ! 我が息子よ! 来てくれたか。やはり血を分けたお前しか信じられぬ! どうか、とと様を助けておくれ。このたぬきのミケーレめは、帝国と結んで私を裏切ったのだ!」

 この白々しい台詞に、キアロはぞっとするほどショックを受けていた。
「我が息子」「お前しか信じられない」「とと様」という言葉が、これまでのスクーロへの態度と微塵もつながらない。
 スクーロも「じじい」とつぶやいて拳を震わせている。

 ミケーレが教皇に向かって一歩踏み出した。

「皇帝を暗殺し、帝国を我がものとしようとしたあなたに、謗られる筋合いはない!」

「黙れ黙れ黙れ!! 何もかも、お前の計画通りなのだろう! 私がグイードを討つ日を、今か今かと待ちわびていたのだな。
 暗殺を機に、水面下で帝国の皇子どもと組み、こうして私に謀反を起こすために!」

「盲言を! 私は皇帝暗殺を止めた! 貴様が聞く耳を持たなかっただけだ!」

「はーっはっはっは! 役者だな、ミケーレ! そうだった、お前はずっとそうだったのだな。私を誘惑して取り入り、首席枢機卿にまで上り詰めた!
 私がまだ年若いお前を次期教皇に推すべく、貴族やほかの枢機卿どもにどれだけの根回しをしてきたことか。身の程知らずの下級貴族風情めが、恩を仇で……」

 教皇の罵倒を遮るかのように、視界が白く弾けた。
 轟音が耳をつんざき、巨人が地面を剥がすようなバリバリバリという音が響く。

 光と揺れ、そして音の衝撃に、キアロは思わず頭をかばった。腕から透明な破片がばらばらと落ち、割れた窓ガラスが吹き飛んできたことを知る。

 キアロとスクーロを除く全員が、起こったことを理解しかねて息を凝らしていた。

「何が誘惑だ! お前の薄汚さをにいにのせいにするな! それ以上にいにを侮辱するなら、次はお前に落とす」

 まさか、とつぶやくミケーレに、キアロが頷いてみせた。
 キアロのツノは熱く痺れている。スクーロのツノから怒りが発信され、雷となって宮殿の尖塔に落ちたのだ。

 本館に落ちたわけではないというのに、衝撃波で窓ガラスはすべて割れてしまった。
 通常の雷とは段違いのパワーに、発信の力の恐ろしさを思い知る。辺りには焼け焦げたような臭いが漂い、茜の去った夜空からは冷たい風が吹き込んでいた。

 教皇が震える唇を開く。

「お前に落とす、だと……? スクーロよ、これは貴様の仕業なのか。悲願の力が目覚めたというのに、その力で父たる私に仇なそうというのか!」

 ミケーレが音もなく剣を抜いた。お前の相手は私だ、と言わんばかりに教皇ににじり寄っていく。

「そういえば、あなたは私の本当の出自をご存じなかったな」

 ミケーレと、その背後で待機している帝国騎士たちにはやや距離がある。彼の低めた声までは聞こえないだろう。

 膝で這って逃げる護衛に、教皇が呪いの文句を垂れるがもう為す術はない。
 ミケーレは老奸ろうかんまであと一歩というところまで近づくと、低くつぶやいた。

「私は貴族に引き取られた身でしたが、出身はオウガ村なのですよ」

 まさかの告白にキアロも驚いたが、教皇の驚嘆ぶりはその比ではなかった。
 鈍い色の目を剥き、乾いた声で言う。

「オウガ村……? そんな、では貴様は」

「そう、免罪の子だ」

 ミケーレはすっかり蒼白となった教皇を凍てつくような瞳で見下ろすと、跪き、その耳もとに唇を寄せた。

「いかがでした? 汚れたオウガの男の抱き心地は」

 虚空に見開かれた教皇の瞳が、ぎゅっと固くなるのがわかった。

 キアロにはミケーレの台詞がはっきり聞こえた。
 が、スクーロが怪訝そうに小首を傾げたのを見て、どうやらそれは受信の力のせいだったらしいと知る。

 教皇から離れたミケーレが、剣を両手に握り直した。
 騎士にふさわしい、無駄のない構えだった。

 教皇が万事休すと目をつぶる。
 すべてのかたがついたと思われたそのとき、いくつもの物々しい足音が響きわたった。
 重装備の騎士たちが、一気になだれ込んできたのだ。

「聖下! お助けに上がりました!」

 教皇派が乗り込んできたことを知り、老人は露骨に安堵の表情を見せる。

「ええい、遅いではないか! やってしまえ、そこの子どもらまで皆殺しだ! 特に藍の髪のほうは絶対に生かしておいてはならぬ!」

 帝国騎士たちは、突撃してくる教皇派を迎え撃った。
 敵味方入り乱れての大立ち回りが繰り広げられるが、皆、騎士道を重んじるつわものばかり。子どもであるキアロたちに手を出してくる者はない。

「何をしておる! そのガキの息の根を止めろ! おい、そこのお前、紺のローブのほうを殺せ!」

「聖下……し、しかし」

 一旦引いたほうがいい。そう思ったキアロは、スクーロの手を引っ張った。
 だが、スクーロは「にいにを置いてけない」とかぶりを振る。

「殺す意気地がないというなら拘束せよ! 急げ、そのガキどもは危険だ!」

 いかにも貴族階級の子息らしい若騎士が、「すまん」とスクーロの腕をつかんだ。
 しかし、キアロが体当りして邪魔する。

 若騎士は「貴様!」と怒りも露わに、剣の柄頭でキアロの後頭部をひと突きした。ぐわんと視界が揺れ、前のめりに倒れる。
 だがその瞬間、キアロはスクーロに向かって絶叫した。

「だめだ! 今じゃない!」

 発信の力を使おうとしていたスクーロが、「なんで」と瞳を揺らす。そこに「うっ!」と悲鳴を飲み込む声が聞こえてきた。

 声の主はミケーレだ。床に膝をつき、左腕から血を流している。

「にいに!」

「スクーロ! こらえろ!」

 と叫びながらキアロは騎士の拘束を受け入れ、ゆるゆると立ち上がった。

 オウガの島で、ふたりはリリスにいくつかの助言を受けていた。
「発信の力は、受信に比べて消耗が大きい」というのがその一つだ。
 強烈な天候変化を立て続けに起こすことで、スクーロにどれほどの犠牲が要求されるのか、ふたりはまだ知らない。

 そして、リリスはこうも言っていた。
「未熟な術者は、大き過ぎる命を天に下すことはできない」と。

「大きすぎる命令ってどんなのですか」と問うと、女神が「星を落とすなどであろうな」と答えたのが、今となっては偶然とは思えない。
 このとき、キアロは「じゃ、星が落ちてくる方向を変えるんならいいんだ!」と無邪気に言い放った。

 若い騎士はキアロを捕らえたまま、あっという間にスクーロの腕をねじり上げた。
 スクーロが痛みに顔をしかめながらも、「どーゆーこった」とキアロに毒づく。

 キアロは後頭部に一撃を食らう直前、夜を切り裂く光のイメージを受信していた。
 それはまるで雨のように降る、光の群れだった。

「もうすぐ星が降る。一つ二つじゃない。しし座の方角から、雨みたいにたっくさん。だから、呼吸を合わせよう」

 スクーロは息を呑むと、すべて悟った様子で頷いた。ふたりで額をくっつけ、目を閉じる。
 ふたりをまとめて拘束している若騎士は、「おい、お前ら何をやっている」と不安げだ。

 激しい剣戟けんげきの中、互いの呼吸を合わせる時間は、不思議に穏やかだった。

 深い夜の天球を、きらめく星たちが笑いながら流れていく。
 思い思いに尾を引き、兄弟星たちはその長さを比べ合う。
 やがてどの子もすう、と闇に還っていく中、ますます輝きを増していく青い火球が見えた。

「スクーロ」

「わかってるぜ」

 頭蓋骨まで痺れるような振動が伝うと、再び辺りが白く光った。
 轟音が鼓膜を叩いて、キアロは吹き飛ばされる。世界に音が戻ってくると、男たちの叫喚が聞こえ始めた。

 キアロがまぶたを開けると、窓側の天井と壁が崩落し、夜空が広がっているのが見えた。
 外には白い尾を引くすい星が、続々と降っている。

 あの中のひと際大きな火球が宮殿をかすめるよう、スクーロが願いを発信したのだ。
 騎士たちは「星が落ちてきたのか」「まさかそんなことが」とうろたえている。

 砂煙が引いていくと、ひとり仁王立ちしているスクーロに、誰もが目を向けずにはいられなかった。
 結っていたはずの青い髪は肩に流れ、頭頂にはオウガのツノがそびえている。そして、そのツノは神々しい黄金色に輝いていた。

「てめーら、まだやろうってのか」

 どすの利いた声でスクーロが言うと、ひい、という悲鳴が方々から漏れる。
 ミケーレは複雑な色合いに揺れる瞳で、一心にスクーロを見つめていた。

 スクーロが近づいてきて、キアロに手を差し伸べる。キアロがその手を取った瞬間、流星群が一層華々しく駆けていった。
 星々が銀のリボンをかけていく空を背に、ふたりで微笑み合う。突然「あれは」という声が上がった。

 見れば、地上に大きな虹が現れているではないか。
 教皇派の騎士たちが、「神の子だ」とざわめき始める。からん、と剣が落ちる音が続いた。

「どうか……どうかお赦しを! 我々は浅はかにも、信ずるべき者を見誤ったのです!」

 教皇派を束ねていたらしい年かさの騎士が、キアロたちの前にひれ伏した。ほかの者たちも、瓦礫の中で次々と額づき出す。
 すべての信奉者を失った教皇は、その光景をただ呆然と見つめるほかなかった。

 ミケーレがまるで死の天使のように、教皇の前に立ち塞がる。

「これがお前の人生への答えだ」

 すべての決着をつけるべく、再び剣を構えたところで涼しい声が響いた。

「その剣をお収めください、ジェンティーリ猊下」

「ヴァルモラナ殿……!」

 キアロとスクーロは同時に息を呑んだ。

 ミケーレの腕をつかんだ手が、自身の兜を剥ぎ床へと落とす。
 現れたのは、肩までウエーブを描くブルネットの髪、そしてほっそりとした女性の顔だった。
 朝日を受けた海のような瞳が、ミケーレをとらえて言う。

「あなたは次期教皇となられるお方、その御手を血で汚してはなりません。後の世に語り継がれるあなたは、帝国のヴァルモラナ一門から教皇を守るべく奮闘した、清らかな義人でなくてはならないのですから」

「しかし、汚れ仕事をあなたがたに押しつけるような……!」

 ヴァルモラナの豊かな髪が、左右に揺れた。

「ぜひ、私に皇帝陛下の敵を討たせてください。猊下」

 ミケーレはしばしの沈黙のあと、悔しそうに顔をそむけ、頷いた。教皇が弱々しい声を上げる。

「や、やめろ、近づくな! 帝国の犬……しかも……女ではないか!」

 崩落した天井から、ぴーちゃんがキアロとスクーロめがけて飛び下りてきた。
 大きな翼がキアロたちの視界を遮った瞬間、ヴァルモラナの雄叫びが上がった。

「皇帝陛下、万歳!!」

 骨を叩き斬る衝撃のあと、ごとっという鈍い音が響きわたった。
 権力をほしいままにした男の黒き一時代が、終わった瞬間だった。


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