#161 贋作東京日記
8月4日(木)
甲骨氏に逢う件、御影には昼過ぎについた。せっかくなのでお好み焼き屋で豚玉を食べたあとにすることがないし暑いしなので旅館に電話すると、もうチェックインしてもいいという。地図を見るとお好み焼き屋から5分ほどのところだが同じところをぐるぐると20分も歩いてしまう。住宅街にひっそりと看板が出ている。きっと何度か見逃している。
60代後半~70代と思しき女将に部屋を案内してもらう。風呂は24時間入れるというので、荷を解くと早速入ることにする。ただただ広い水道水の風呂。流し台が15ほど。敷地のわりに流し台が多いという印象。
風呂に入っていると、壁に取っ手がついている。取っ手? 引き戸でいうところの指をかける部分だ。
なぜこんなところに。吸い寄せられ、指をかけ、ぐっと右に引くでもなくあんがいと軽い滑り出しで壁そのものががらがらと開く。先ほどの女将がこちらに向けて大股を広げて体を洗っている。
8月6日(土)
一昨日の風呂の件、もしかして、男湯と女湯の間の壁を取り払うことで甲子園に遠征に来た高校生たちを泊めるように出来ているのではないか。
ホテルのテレビで開会式の様子を見ていてふとひらめいた。別に確証はないが(そして、さらに調べる気もないが)そうに違いないと思った。
甲骨氏にもらったへんめれ、なんとかコンビニから発送する。ぎりぎり25キロなかったので助かった。たぶん24.8kgくらい。
8月16日(水)
シショーのところに行く。パソコンが正常でなくなるたびに呼ばれることになっておる。あいかわらずクーラーを点けない。点けずにひと夏を過ごすことを誇りとしているきらいがある。
パソコンは間もなく復帰した。つまりは、ニンゲンよりもパソコンのほうが先に暑さに参ってしまったということだ。38℃。盛夏にも程がある。
そんなにすぐに直っちまうと呼んだのが申し訳ねえなあ、と頭をかかれる。いえいえ、パソコンは水浴びができませんからねえ、と返すと返事がない。特にウケず。
8月29日(火)
上野駅を御徒町、秋葉原の方まで。鈴本演芸場を越えたあたりでおっぱいパブの客引きにずっとつけられる。兄さんあるよあるよ / おっぱいおっぱいおっぱぱおっぱい / おっぱいおっぱいおぱおぱおっぱい――なにかの真言のようにおっぱいをつぶやきながら、客引きは上野広小路の駅の地下にいったん降りて、また地上に上がるまでついてきた。
あとにリズム感だけが残る。金を持っているように見えたのだろうか。
小諸で冷やしたぬき(大)。
10月5日(本)
シショーのところにパソコンの様子を見に行く。ちょうど誕生日なのを知っていたので、駅地下でアップルパイを持っていくとたいへん喜ばれた。ここまではいい。
作業がてら「いやー、ラッセンって嫌いなんですよねえ、ラッセンより普通にゴッホが好き、みたいな?」と言い残しつつ手洗いを借りるとラッセンのでかいパズルが飾ってある。
双方苦笑い。
10月17日(火)
なんとなく面倒になって食べずに置いておいたへんめれがすえた臭いを放ち始める。こういうものを捨てるにも区の廃棄ルールがあるが、20キロ強あるものは粗大ゴミであろうか。当然のように区の分別一覧のPDFには載っていない。しかたなくゴミ袋1袋分だけつくり、残りはベランダの隅に置いておく。来週続きを捨てる。
10月18日(キ)
早朝から起こされる。ベランダに大量の鳩が来ているというので見に行くと、昨日置いたへんめれに鳩が群がっている。地獄絵図であるが、へんめれも食われまいと必死に抗っている。触手に跳ね飛ばされた鳩が宙へ放り出される。
10月31日(水)
へんめれが出ていった。あまりにも放置されすぎて寂しくなったのだと思う。鳩に襲われ続ける人生はたいへんだ。
11月17日(金)
演劇の公演用のA2版のポスターが明後日までに「やはり要る」ということになり、いくらかかってもいいというのでセルフで出来る印刷所まで行くことにした。作ったデータをCD-ROMに焼き、ウェブサイトに予約をせよとあるので電話をすると「いつでもいいっすよ」というので地下鉄に乗り池袋駅、印刷所に行く。これで一週間もあれば、10枚で5,000円(送料・手数料込)くらいでやってくれるのだが、一枚4,200円+送料1,200円だというのに舌を巻いた。これで自分の持ち出しだったら両手を上げて尻餅をついていたことだろう。
印刷所の会員登録と手続きを終えて帰る。駅まで歩いてきたところで「◎◎様ーーー!」と遠くから声がする。あきらかに、池袋駅前の雑踏で、誰かに呼ばれている。印刷所のお姉さんだ。わざわざ駅前まで、データの入ったCD-ROMを走って届けてくれたのだ。
ヤバい。好きになっちゃう。おじさんは、突然の他人の好意に弱い。
11月22日(水)
娘の幼稚園の遠足(上野動物園)なので駅前の公園まで送りに行く(ここからバス)。その足で駅から新宿駅。地下のコンコースを歩いていると、この寒いのによれた白いTシャツ一枚にトランクスの、楳図かずおを若くしたときのようなアンチャンがウロウロしていて「やばいな」と思う間もなく目が遭った。アンチャンするするとやってきて「ながちろォ」と呼ぶ。何? 知り合い? かつての文芸サイトの知り合いの成れの果てかもしれないが思い当たらず、這々の体で地上に逃げ出すと送迎用のネームプレートを首から外し忘れていたことに気がついた。
12月1日(金)
カミさんと喧嘩をする。あまりにも毎日毎日家に自転車の鍵を忘れていくので煽り気味にぼやいたところ「ぢゃあ鍵をかけなければ忘れなくてええわ」とキレ気味に出ていった。
こういう劇的なキレ方をしたときにはロクなことがない。知ってる。
12月2日(土)
早朝、コンビニにAmazonの代金を払いにいうと、早速自転車が無くなっている。
1月3日(水)
義実家のある広島の山奥に来ている。「岩海でも見に行こうか」というので家族四人従うことにする。車で30分、岩海とは文字通り岩の海で、山の中腹に土砂が崩れて、砂の部分がすっかり除かれたような白い巨石群が斜面に広がっている。ところどころから地下水が溢れていて、水音がする。気温はマイナス5℃。地元の小学生の定番の遠足コースであるという。
備え付けの看板に「この岩海は地元ボランティアの手によって草むしりなどの手入れがなされています」と正直に書いてある。正直なのはいいことだが、なぁんだ、という気持ちも捨てきれない。そりゃあ放っておいたら草ぼうぼうになってしまうか。云われてみれば「そりゃそう」なのだ。
なお、看板には「草が生えると岩への栄養が絶たれ、弱って死ぬ」といった続きがある。
2月11日(日祝)
若い従弟の結婚式に出る。慌ててタクシーを使ったのが運の尽き、やや遅れて会場に着くが、前方の来賓席に一席だけくまのぬいぐるみが座っているのがずっと気になった。すでに退場者が出ている。
3月17日(日)
彼岸なので墓参りに行く。途中で缶コーヒーを買う。線香なんか随分前に買わなくなった。同じ匂いで供養するならば、コーヒーの匂いでも構わないと考えた。しかもあとで飲める。
千駄木の駅から三崎坂を登っていく途中で、膝の高さを雀が追い抜いていった。おやおや、と思う刹那、さらに大きなカラスが雀の跡を飛んでいってぱくりと口におさまった。ヒエッと思う間もなくカラスは去っていく。くちばしの端からはみ出た雀の小さな足だけが網膜に残る。
そういえば。朝のゴミ出しを何らかの方法で制限したようなニュースがあったのを思い出した。カラスも食べるものがなくて、とうとう生き餌に手を出さざるを得なくなったのであろうか。
カラスの口の中で必死にもがく雀に感情移入すればいいのか、口の中で獲物が必死の抵抗をするカラスに感情移入すればいいのか。カラスはカタカナで書いているぶん、やはり雀がわに感情移入しているのだろう。
墓には鳥の糞が載っている。
犬のではない。
4月24日(水)
娘が便箋を買ってほしいという。聞けば、後ろの席の男の子と手紙の交換をしたいのだという。小学生ともなるとそういうイベントが発生するのか! と父親はやおら興奮して、いっしょに駅前の100均に便箋を買いに行こうとしたが、「これでいい」と蛍光グリーンの付箋メモを数枚取って持っていった。
4月29日(月祝)
不意に思い出して娘に例の手紙はどうなったか聞くと、「なんかユメジくん、鬱陶しくなっちゃって」とSwitchから顔をあげずに云う。
その時はよくわからなかったが、つまりは「修学旅行ではじめて奈良公園に行って鹿せんべいをあげたら、思った以上に鹿が集まってきちゃった」やつだ。
鹿なんぞそんなメルヘンなものではない。
便箋買わなくてよかった。
5月8日(水)
18年もだましだまし使っていたプリンタが逝き、あらたに廉価版のプリンタを購入した。かつては気合を入れてA3版まで刷れるやつを買ったのだが、いまとなってはコンビニのネットプリントのほうがよっぽど正確で綺麗に刷れる。自宅用のプリンタはカネを払うポイントにないという結論に至る。
プリンタにはスキャナもついていたので今まで使っていたスキャナもしまい込み、ずいぶんと空間がさっぱりしてほくそ笑んでいた。
夜、寝床でタブレットをいじくっていると、新しいiPadのプロモーションビデオがさんざんな悪評であるのを見た。プレス機に楽器やら彫刻やら画材やらがぎゅっと潰されて、ぺったんこになった下から新しいiPadが出てくるという趣向のものだ。
いろいろな文化の数々を板っきれ一枚に圧縮しよう、というのであれば、日本人だって映画や音読を倍速視聴しようというのに躍起になっている人々もあり、本質的なさもしさではそれほどかわらないのではないか、とふと思いついて、ツイートするのはやめておいた。
消し忘れたプリンターの丸い光が、闇にぽっかり浮かんでいる。
5月18日(土)
若者二人がスーパーの前の横断歩道でキャッチボールをしている。二車線の道路をまたいでキャッチボールをしている。これが小学生ならばまだ許せるが、大学生くらいのいい若者が車を除けて投げ合っている。
そんなに車通りの激しいところではないが、もし車にあたったら、と思ったが、いい若者であるからこそ車を除けてキャッチボールが出来るのであると考え直した。ここのところ、週末になると見かける気がするが――と思ったところ、おかっぱ頭の若者が投げたボールが、車道上のなんでもないところであらぬ方向に、跳ねた。ボールは通り沿いのアパートの壁にぶつかるとそのまま車道に出て、ずっと遠くに行ってしまった。
その後のことは知らない。ただ、ハリー・ポッターにあった「夜の騎士(見えない)バス」的なものは存在するのかもしれないな、とは思った。
5月19日(日)
早朝から荷物。シショーから浅草今半の佃煮詰め合わせ。パソコンを見に行ったのは去年の夏ではなかったか。
娘の誕生日なので赤飯を炊こうと思い立つ。実家にいたころは人の誕生日ともなると赤飯を炊いたものだった。
そういえば蒸し器がない、などの問題はあったが無事に食えるものは出来上がった。見様見真似の割にはよく出来た。食えればよかろうなのだ。
赤飯がダイニングキッチンを埋め尽くしはしたが。
6月6日(本)
カミさんに朝食用の食パンを買うように頼まれたので「へいへい」とホワイトボードに書いておいた。昼過ぎになってメモが目に入り「行くか」とスーパーまで出かけたが、あれこれ買っておいて食パンだけ買っていない。ホワイトボードを見て崩れ落ちた。
とみに脳が廃れてきている。
7月18日(木)
眠れずに風呂の掃除をする。髪の長い女が二人いると排水マスに溜まる髪の毛がものすごく、引っ張ると垢にまみれた髪の束がいくらでもずるずると出てくる。髪の毛は浴槽の排水口とマスとの2箇所で留まっており、引っ張り上げると手のひらサイズのそうとうな塊となる。未明なので明るくなってから捨てよう、といったん風呂場を出、朝になってみると積んでいた髪の毛がなくなっている。
流し台と冷蔵庫の隙間がじっとりと濡れている。
8月17日(土)
なつかしい人々に遭った。μ-BOOKSの人々だ。μ-BOOKSが隆盛を誇っていたときというのはまだSNSが発達する前のことであったことを思い出して感慨深い。主催のμさんが無くなったと聞いてからもう2年になるのか。年末に亡くなったらしく、正月2日に普段はふだん全く動かないメールフォームから訃報が来たので面食らった覚えがある。
品川駅にも15年ぶりに降りた。改札で想像以上にぢぢいとばばあになった顔が見える。泣けはしないが、自分もずいぶん頭髪を失っているので、相手にショックを与えていることだろう。
会場の飲み屋はプロバイダだのパソコンの会社だのの高層ビルの隙間と隙間にへばりつくように建っている古い商店街のさらに路地裏にあった。懐かしいねえ、と甲骨さん(この人も顔そのままにツルッツルに禿げている)がか相変わらず快活な声を上げる。店の記憶がない。
人一人通れる入口からカウンター席の後ろを突っ切るとこれまたせまい三和土があって靴を脱ぎ、渡されたビニール袋にしまって下げて賑わった座敷をひとつ、ふたつ、みっつとまっすぐ奥へ、建て増しに次ぐ建て増しでどんどんと間口が狭くなっていってとうとうどん詰まり、天井も低く、中腰になったあたりでようやくテーブルの空いているところで8人だか9人だかでぎゅうぎゅうと収まった。みんな汗をかいているので一斉にむわっとする。
そうそう、思い出してきた思い出してきた。
「ここから上に穴を掘ると銀行強盗が出来ますよ」甲骨氏、15年前と同じことを云っている。
8月18日(日)
「昨日はありがとうございました。そういえば例のへんめれ、どうしましたか?」と甲骨氏からライン(交換した)がくる。
なんとも形容できるようなスタンプを捺しておく。
ベランダにおいておいた息子のホウセンカが煮え上がっている。
室外機などで環境が悪すぎて夏休みが始まる前にヘタっていた。
10月10日(月祝)
体育の日なのに、小春日和なのに自宅ビルの前に鳩の死骸が落ちている。よく見ると(朝の時間にそんなことをしている場合ではないのだが)厳密には翼と背骨だけが落ちている。つまり、頭や体や足や内蔵は消失している。背骨の、千切られた肉の部分はまだ鮮やかな赤をしている。この形状になってから、それほど時間が経っていない。
猫だろうか。犬は見かけない。都心にも割に野生動物というのはいて、よく太ったニホントカゲが青いしっぽをくねらせて駆けていたり、地面に薄く引き伸ばされたアオダイショウがアスファルトの上で見つかったりする。オオスカシバも道行きの植え込みで見かける。これもまた地域によっては案外レアなんだそうだ。
しかし、動物であっても羽は食べにくいから残すんだなぁ、と感心していると見慣れたひじき状の縮れが散見される。
へんめれは生きている。
11月12日(土)
パンはパンでも食べられないパンはなーんだ。正解は、フライパーン! というのをEテレのこども向け番組で聴き「そうかな」と駅前の100均に走った。フライパンと粗塩を買う。家に帰ってポリバケツに入れ、ベランダに放置する。
錆びて粉末状になったら少しずつ食べられるのではないか。
なにものかが自分を突き動かしている。
11月15日(火)
ナンはナンでも食べられないナンはナンじゃないよー、というカレー屋のインド人のツイートを見てひっくり返る。
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