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顧客の99.9%を見ていないのに、「顧客理解」と呼んでいいのか

Webサイトのアクセスデータを分析すると、さまざまなことが分かる。

どのページが見られているのか。

どこで離脱しているのか。

どの導線を通った人が購入しているのか。

どの属性の顧客が反応しているのか。

数字として可視化されるため、アクセスデータは客観的で、顧客の行動を正確に表しているように見える。

しかし、施策を考える前に、一度立ち止まって考えなければならない。

私たちは、そのデータから顧客のどれだけを見ているのだろうか。

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 ■ 顧客の生活の99%以上は見えていない━━━━━━━━━━━━━━━━━━

仮に、ある顧客が企業のWebサイトを月に30分見ていたとする。

1カ月を30日とすれば、その人が生活している時間は約4万3200分。

サイト上で観測できている30分は、生活時間全体の約0.07%にすぎない。

裏を返せば、企業は顧客の時間の99.9%以上を『見落としている』ことになる。

もちろん、睡眠時間などを除けば割合は多少変わる。

それでも、顧客の生活の圧倒的多数が企業から見えていないという事実は変わらない。

顧客が仕事で何に悩んでいるのか。

家族とどのような会話をしているのか。

競合商品をどこで知ったのか。

SNSや動画で何を見たのか。

店頭で何を感じたのか。

購入をためらう理由は何なのか。

そもそも、その商品カテゴリーについて考える瞬間はいつなのか。

こうした情報のほとんどは、アクセスデータには残らない。

企業が保有するファーストパーティデータは、顧客の生活そのものではない。

企業との接点が発生した、ごく短い時間の行動記録である。

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 ■ アクセスデータは「顧客」ではなく「足跡」である
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アクセスデータを見ると、私たちは顧客を見ているような気持ちになる。

しかし、実際に見ているのは顧客ではない。

顧客が自社サイトの中に残した足跡である。

たとえば、ある商品ページで離脱率が高かったとする。

その数字から、次のような仮説が出るかもしれない。

・商品の説明が分かりにくい
・価格が高く感じられている
・購入ボタンが見つけにくい
・ページの読み込みが遅い

いずれも、あり得る仮説である。

しかし、本当の理由はアクセスデータの外側にあるかもしれない。

顧客は最初から購入するつもりがなく、店頭で買う前に情報だけ確認していたのかもしれない。

家族に相談するためにページを閉じたのかもしれない。

競合商品の広告を見て比較を始めたのかもしれない。

単に電車が目的地に着いただけかもしれない。

離脱という事実は記録できる。

しかし、なぜ離脱したのかは、離脱率だけでは分からない。

データが示している事実と、分析者が加えた解釈は分けて考える必要がある。

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 ■ 「見えている人」だけで施策を考える危険 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

アクセスデータを中心に施策を考え続けると、さらに大きな問題が起こる。

分析対象が、すでにサイトへ来ている人に偏ることである。

企業が本当に獲得したいのは、現在サイトを訪れている顧客だけではない。

商品をまだ知らない人。

知っているが思い出さない人。

必要性を感じていない人。

競合商品を習慣的に選んでいる人。

過去に利用したが離反した人。

こうした人たちは、アクセスデータの中にはほとんど現れない。

サイト内のコンバージョン率を改善することに集中するほど、「すでに来ている人」を効率よく刈り取る施策に偏りやすくなる。

一方で、市場全体の中で自社が選ばれない理由や、そもそも候補に入っていない理由は見えにくくなる。

これは、店内に入ってきた客だけを観察しながら、

「なぜ店の前を通る人の多くが入店しないのか」

を考えようとするようなものだ。

店内データをどれだけ精緻に分析しても、店の外を歩いている人の心理までは分からない。

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■ データ量が多くても、観測範囲は広がらない ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

アクセスデータには、ページビュー、クリック、スクロール、滞在時間など、多数の項目が存在する。

データ量が増えるほど、顧客理解の精度も上がるように感じる。

しかし、同じ狭い範囲を細かく観測しているだけなら、観測範囲自体は広がっていない。

サイト滞在中の30分を、数千個のイベントに分解することはできる。

だが、残りの4万3170分に何が起きていたのかは分からない。

つまり、

データの粒度が細かいことと、顧客を広く理解していることは別である。

解像度の高い監視カメラを店内に何台設置しても、店外で顧客が競合商品について話している内容までは映らない。

問題はデータ量ではなく、何を観測できていて、何を観測できていないのかである。

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 ■ アクセスデータから仮説をつくってはいけないのか
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ここまで読むと、アクセスデータは施策検討に使えないように感じるかもしれない。

もちろん、そうではない。

アクセスデータは極めて有用である。

サイト内の問題を発見する。

行動の変化を捉える。

施策前後の差を確認する。

仮説を検証する。

改善可能なボトルネックを特定する。

こうした用途では、強力な情報になる。

ただし、アクセスデータだけで顧客の全体像を理解したつもりになってはいけない。

アクセスデータは、仮説のきっかけにはなる。

しかし、表示された数字だけから理由を決めつけることはできない。

必要なのは、データの外側にある情報と組み合わせることである。

市場構造。

競合の動き。

顧客インタビュー。

アンケート。

問い合わせ内容。

店頭での行動。

営業担当者の知見。

SNSや検索行動。

顧客が商品を必要とする生活上の文脈。

こうした情報から顧客の置かれている状況を想像し、アクセスデータで実際の行動を確認する。

そして、施策を実行して結果を検証する。

順番としては、

顧客の生活を考える

観測データで確かめる

実験によって因果を確認する

という流れが望ましい。

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 ■ データは答えではなく、観測装置である
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「データドリブン」という言葉は魅力的だ。

主観ではなく、数字をもとに意思決定する。

その考え方自体は正しい。

しかし、データに基づいているからといって、意思決定が正しいとは限らない。

観測できる範囲が狭ければ、客観的な数字から間違った結論を出すこともある。

アクセスデータが教えてくれるのは、顧客の真実そのものではない。

企業が設置した観測装置に映った、ごく一部の行動である。

だからこそ、分析を始めるときには、数字を見る前に問い直す必要がある。

このデータには、何が記録されているのか。

そして、何が記録されていないのか。

顧客の生活の99%以上を観測できていないとすれば、その限られたデータだけから、本当に精度の高い仮説をつくれるだろうか。

アクセスデータを活用するうえで最も危険なのは、データが不足していることではない。

不足していることを忘れ、見えているものが顧客のすべてだと思い込むことである。

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