離れたファンは、嫌いになったわけではない アジカンをエビデンスベースド・マーケティングで読む
ASIAN KUNG-FU GENERATIONが、3rdアルバム『ファンクラブ』の発売20周年を記念した再現ツアー「Midage Fanclub」を開催する。
発表された公演の多くは、早々にSOLD OUTとなった。
往年のファンが喜ぶ素晴らしい企画だが、マーケティングを仕事にする私の目には、これが単なる「懐古」以上の、極めて合理的な戦略に見えた。
『ファンクラブ』の再現ツアーは、アジカンを聴く習慣が途切れていたライトユーザーの記憶を、強烈に刺激する企画なのではないか。
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【ファンは突然いなくなるわけではない】
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私はアジカンが好きだ。
特に『ファンクラブ』は、最も好きなアルバムのひとつである。
しかし、毎日のようにアジカンを聴いていた時期と比べれば、今は明らかに聴く頻度が減った。
嫌いになったわけではない。
別のバンドに完全に乗り換えたわけでもない。
仕事をして、結婚して、子どもが生まれ、生活の中で音楽に使える時間が変わった。
ただ、習慣が途切れただけだ。
マーケティングでは、顧客を「ファン」と「非ファン」に分けて考えたくなる。
しかし、現実の購買行動はそれほど単純ではない。
どれだけ好きなブランドでも、毎回買うわけではない。
生活環境が変われば利用頻度は落ちる。
思い出すきっかけがなければ、好きだったブランドとの接点も徐々に減っていく。
エビデンスベースド・マーケティングでは、ブランドが購入状況において思い出されやすい状態を「メンタルアベイラビリティ」と呼ぶ。
そして、商品やサービスを必要とする状況、目的、感情など、カテゴリーの購入を想起する手がかりを「カテゴリーエントリーポイント」と呼ぶ。
音楽でいえば、
通勤中に何かを聴きたい。
気分が落ち込んでいる。
昔を思い出したい。
久しぶりにライブへ行きたい。
こうした瞬間が、音楽を選ぶ入口になる。
その入口でアジカンが思い浮かばなければ、どれほど好きだった人でも再生ボタンを押すことはない。
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【再現ツアーは、記憶へのショートカットになる】
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そこで、『ファンクラブ』再現ツアーである。
新しいアルバムのツアーであれば、しばらくアジカンを追っていなかった人には、少し参加のハードルがある。
最近の曲を知らない。
新しいアルバムを聴いていない。
今から参加して楽しめるのか分からない。
しかし、「『ファンクラブ』を再現します」と言われれば、説明はいらない。
アルバム名を見た瞬間に、当時の記憶が呼び起こされる。
CDを買った日のこと。
イヤホンで繰り返し聴いた帰り道。
ライブハウスに通っていた自分。
その頃に抱えていた悩みや、隣にいた人まで思い出すかもしれない。
アルバムそのものが、巨大な記憶の検索キーになっている。
これは単に「懐かしい商品をもう一度売る」という話ではない。
過去の自分と現在のアジカンを、瞬時につなぎ直す企画である。
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【過去の作品を、現在の商品にする】
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アジカンは過去にも、代表作を現在の自分たちと接続し直してきた。
2016年には『ソルファ』を再録した。
2023年には『サーフ ブンガク カマクラ』を完全版として完成させた。
それぞれの作品を軸にしたツアーも開催している。
もちろん、彼らはマーケティング理論を実践するために音楽を作っているわけではない。
第一にあるのは、ミュージシャンとして過去の作品に向き合い、現在の演奏や表現で作品を再構築するという選択だろう。
しかし、マーケティングの観点から見ても、この選択は極めて合理的に映る。
過去の作品を再録する。
完全版を作る。
アルバムの再現ツアーを開催する。
こうした活動は、昔から追い続けているファンを喜ばせるだけではない。
一度アジカンを聴く習慣から離れた人に対して、もう一度戻ってくる理由を提供する。
過去の作品を、思い出の中に置いたままにしない。
現在のアジカンが提供する、新しい商品として市場に戻している。
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【失われた習慣を取り戻す「再エントリーポイント」】
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ここからは、マーケティング研究によって証明された話ではない。
私自身の経験から考えた仮説である。
ブランドは、顧客との習慣が途切れることを完全には防げない。
ライフステージは変わる。
興味の対象も変わる。
利用できる時間やお金も変わる。
すべての顧客と接点を持ち続け、利用頻度を維持し続けることは難しい。
だからこそ必要なのは、習慣を途切れさせない仕組みだけではない。
一度離れた人が、瞬時に戻ってこられる商品を持っておくことではないか。
私はそれを、カテゴリーエントリーポイントになぞらえて「再エントリーポイント」と呼びたい。 「かつて熱狂した記憶」をフックに、現在のブランドへと瞬時に引き戻すための専用の入り口だ。
企業は新しい顧客を獲得しようとする。
既存顧客には、継続利用してもらおうとする。
その間にいる「かつて頻繁に利用していた人」は、意外なほど見落とされている。
しかし、その人たちはブランドへの好意を失ったのではない。
日常生活の中から、ブランドを思い出すきっかけが失われただけかもしれない。
新しい商品では動かなかった人が、過去の商品との再会によって動き出す。
『ファンクラブ』再現ツアーは、失われた習慣を呼び戻す、強力な再エントリーポイントになっているのではないか。
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【20年前にかけられた魔法】
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『ファンクラブ』が発売された2006年、ボーカルの後藤正文さんは公式日記で、このアルバムについて次のように書いている。
このアルバム、間違いなく最高傑作だと俺たちは思っています。うん。
こう、音楽がどんどんインスタントなものに変化しているような気がして、科学調味料たっぷりの料理が食った瞬間にウマいみたいな、そういう雰囲気をネット社会とか世の中とかTVとかに感じていて、俺はそういうのとは真逆な、もっと地道にゆっくりとリスナーの心に染み込んでいくような音楽が作りたかったのです。ずっと、それをテーマに掲げて制作していました。
ある種の魔法かもしれないね。くさいけど。じんわりとしか効かない感じ。でも効いたのなら一生解けませんよ、みたいなね。そういう魔法です。
時間をかけてでも、このアルバムを気に入ってくれるひととは何かきっと通じ合うもんがあるよなぁ。「ファンクラブ」というタイトルにはそんな意味も込めて。
すぐに消費される音楽ではなく、時間をかけてリスナーの心に染み込み、一度効いたら簡単には解けない音楽を作る。
その言葉から20年が経ち、『ファンクラブ』の再現ツアーが開催され、多くの公演が早々に完売した。
もちろん、ツアーが支持された理由を『ファンクラブ』の記憶だけで説明することはできない。
アジカンが長期間にわたって活動を続けてきたこと。
現在も新しい音楽を作っていること。
ライブバンドとして支持され続けていること。
さまざまな要因がある。
それでも、20年前に作られたアルバムが、かつて聴いていた人の現在の行動を動かしている。
あのとき書かれた魔法は、本当に解けていなかったのかもしれない。
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【私が、その一人だからだ】
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私は『ファンクラブ』再現ツアーの知らせを見て、久しぶりにアルバムを最初から聴いた。
止まっていた習慣が、驚くほど簡単に戻ってきた。
この記事で書いた「再エントリーポイント」には、研究によるエビデンスはない。
サンプル数は、私ひとりである。
しかし少なくとも一人、途切れていた習慣を『ファンクラブ』によって呼び戻された人間がいる。
企業は、顧客を離れさせない方法ばかりを考える。
継続率を高める。
離脱率を下げる。
接触回数を増やす。
もちろん、それらも重要だ。
しかし、人の生活や習慣が変化する以上、すべての離脱を防ぐことはできない。
だから本当に強いブランドに必要なのは、一度も離れられないことではない。
離れてしまった人が、いつでも帰ってこられる入口を持っていることではないか。
強いブランドとは、顧客を縛り続けるブランドではない。 たとえ数年の空白があっても、たった一つの作品をきっかけに、昨日まで聴いていたかのような顔をして戻れる場所を持っているブランドなのだ。 『ファンクラブ』は、20年かけてそれを証明しようとしている。 私が、その一人だからだ。
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【参考URL】
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ASIAN KUNG-FU GENERATION 30th Anniversary Special Site
Ehrenberg-Bass Institute
Identifying and Prioritising Category Entry Points
ASIAN KUNG-FU GENERATION公式サイト
『ソルファ』再録盤に関する情報
後藤正文公式日記
『ソルファ』再録について
後藤正文公式日記
『ファンクラブ』解説
