noteを書く理由
マーケティングについて発信している人は、すでにたくさんいる。
有名企業で働くマーケター。
何冊も本を書いている専門家。
何万人ものフォロワーを持つ発信者。
それに比べれば、私の経験や知識は、特別なものではないかもしれない。
それでも、私はnoteを書くことにした。
理由は単純だ。
知識は、使わなければ錆びていくからである。
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【仕事で使わない知識は、少しずつ失われる】
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現在の仕事では、デジタルマーケティングの施策運用や、プロジェクトマネジメントに関わっている。
一方で、これまで事業会社で経験してきたのは、それだけではない。
売上構造の分解。
市場調査。
需要予測。
マーケティング戦略の立案。
限られたリソースの配分。
施策の効果検証。
そして、戦略を実行するために社内の人を動かすこと。
今の仕事でも役立っているが、これらすべてを毎日使うわけではない。
人は、一度理解したことを永遠に覚えていられるわけではない。
使わない筋肉が衰えるように、知識や思考力も、使わなければ少しずつ失われる。
以前は当たり前に説明できていたことが、うまく言葉にできなくなる。
判断の根拠を聞かれても、感覚的な説明しかできなくなる。
そうなる前に、自分が経験から学んだことを文章として残しておきたい。
それが、noteを書き始めた最初の理由だった。
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【書くことは、自分の理解を検査すること】
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頭の中では理解しているつもりでも、文章にしようとすると手が止まることがある。
なぜ、その方法が正しいのか。
どのような条件なら有効なのか。
例外はないのか。
別の状況でも再現できるのか。
こうした問いに答えようとすると、自分の理解が曖昧だったことに気づく。
知識を持っていることと、知識を説明できることは違う。
説明できることと、他の状況でも使えることも違う。
文章を書くためには、頭の中にある経験を分解し、整理し、他人にも伝わる言葉に変換しなければならない。
noteは、知識を披露する場所であると同時に、自分の思考を検査する場所でもある。
書くことによって、わかっていることと、わかったつもりになっていることを分けられる。
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【成功談ではなく、再現できる構造を残したい】
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私はこれまで、マーケティング戦略を担当する中で、過去最高売上を大きく更新したり、需要予測を高い精度で当てたりしてきた。
ただ、結果だけを書いても、読んだ人の役には立たない。
「売上を伸ばしました」
「予測を当てました」
「社内を動かしました」
それだけでは、単なる成功談で終わってしまう。
重要なのは、結果に至るまでの構造である。
売上をどのような変数に分解したのか。
どの変数を動かすべきだと判断したのか。
なぜ別の選択肢を捨てたのか。
限られた予算や権限の中で、どのように実行したのか。
失敗したときに、何を修正したのか。
結果そのものではなく、意思決定の過程まで残す。
そうすることで、私とは違う会社や立場にいる人にも、何か一つは応用できるものになる。
私は、自分の成果を自慢するためではなく、経験を他の人も使える形に変換するために書きたい。
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【過去の自分が欲しかった文章を書く】
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マーケティングを学び始めた頃、理論や有名企業の成功事例はたくさんあった。
しかし、私が本当に知りたかったことは、少し違った。
専門部署もない。
十分な予算もない。
大きな権限もない。
そのような環境で、平社員が何から始めればいいのか。
理論的に正しい戦略を考えても、社内の人が動かなければ実行できない。
優れた分析をしても、意思決定者に理解されなければ何も変わらない。
施策を実行しても、効果を正しく測れなければ、次の判断につながらない。
私は、こうした現実の中で試行錯誤してきた。
だからこそ、
「正しいことを考える方法」だけではなく、
「正しいと思ったことを、現実の中で実行する方法」まで書きたい。
それは、かつての自分が読みたかった文章でもある。
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【このnoteで、収益化を狙っているわけではない】
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このnoteで、直接的な収益化を狙っているわけではない。
日本でマーケティングに関わる人は、広く見積もっても300万人程度だと言われている。
その中で、マーケティング戦略や効果検証、社内マーケティングといったテーマに関心を持つ人は、さらに限られる。
市場として考えれば、決して大きくはない。
本気でnoteの収益化を狙うのであれば、マーケターだけを対象にはしない。
仕事、人間関係、お金、キャリア、子育てなど、もっと多くの人が抱えている悩みをテーマにする。
専門的な内容を減らし、予備知識がなくても読める文章にする。
多くの人が共感しやすい感情や体験を中心に書く。
その方が、読者数を増やし、収益化できる可能性は高い。
それでも私が、マーケティングについて書いているのは、noteそのものからお金を得ることが目的ではないからだ。
自分が仕事を通じて得た知識や経験を、失われない形で残したい。
頭の中にある考えを言葉にすることで、自分の理解を深めたい。
そして、同じように限られた予算や権限の中で、売上や組織を変えようとしている人に届けたい。
収益性ではなく、自分が書く意味を優先している。
ただし、読まれなくてもよいとは思っていない。
価値のある内容も、読まれなければ存在しないのと同じである。
だから、タイトルや構成、伝え方は改善する。
より多くの人に届ける努力はする。
しかし、読者を増やすために、書くテーマそのものを変えるつもりはない。
このnoteで蓄積したいのは、売上ではなく信用である。
どのように問題を捉えるのか。
何を根拠に意思決定するのか。
限られた条件の中で、どのように現実を動かすのか。
履歴書だけでは伝わらない思考や経験を、記事として残していく。
それが将来、仕事や新しい出会いにつながることは期待している。
しかし、それは記事を販売して得る収益とは違う。
読者に価値を提供した結果として、私という人間への信用が少しずつ蓄積されていく。
このnoteは、商品ではない。
私がこれまで考え、実行し、学んできたことを残すための資産である。
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【誰かの意思決定に使われる文章を残したい】
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noteを書き始めて、まだそれほど時間は経っていない。
ビュー数が伸びる日もあれば、ほとんど読まれない日もある。
タイトルやテーマによって、反応も大きく変わる。
もちろん、多くの人に読まれたい。
書いたからには、数字も伸ばしたい。
それでも、最終的に残したいのは、単なる閲覧数ではない。
記事を読んだ人が、売上を構造に分解してみる。
会議で一度、自分の意見を言ってみる。
CPAだけでなく、広告によって本当に増えた売上を確認してみる。
消費者だけではなく、社内の人を動かすこともマーケティングだと考えてみる。
誰かの意思決定や行動が、ほんの少し変わる。
そのような文章を残したい。
自分の知識を錆びさせないために始めたnoteが、いつか誰かの仕事を前に進める。
そして、その積み重ねが自分の未来にも返ってくる。
それが、私がnoteを書く理由である。
