見出し画像

お盆の同窓会 〜2年後にまた会おう〜

8月15日、長崎の街は一年で最も騒々しく、そしてどこか切ない夜を迎える。

​夕方6時を過ぎる頃、大通りに出ると「もやい船」がゆっくりと街を流れていく。長崎の精霊流し(しょうろうながし)は、初盆を迎えた故人の霊を弔う伝統行事だ。個人で船を出すこともあれば、近所や親戚同士で費用を出し合って巨大な「もやい船(合祀船)」を造り、みんなで担いで港へと運ぶ。そして、その道中を彩るのが凄まじい量の爆竹だ。街中に漂う強烈な火薬の臭いと、まるで紛争地域にでも迷い込んだかのような耳を裂く爆裂音。一般的に想像される静かな「お盆」とはかけ離れた激しさと熱気こそが、長崎のお盆そのものである。

​そんな賑やかな喧騒を背に受けながら、今夜は浜口町へと足を進めた。小・中学校時代の友人から連絡をもらい、久しぶりに飲みに行くことになったのだ。

​約束の店に入り、個室の扉を開けた瞬間、懐かしい顔ぶれが目に入ってきた。

​「まーくん!にっせい!きよ!もや!はーくん!」

​実に20年から23年ぶりの再会。それぞれ大人になり、年をとってはいるものの、笑った顔や声のトーンには当時の面影がしっかりと残っていた。

​席に着けば、一瞬で言葉の壁も時間の間隔も吹き飛んだ。昔懐かしい甘酸っぱい思い出話から始まり、お互いの近況報告へ。「誰々に子供が生まれた」「アイツは今どこで働いている」——次々と飛び出す名前に笑いが絶えず、話は一向に尽きそうにない。楽しい時間は驚くほどあっという間に過ぎ去っていく。

それぞれの数年間には、言葉には尽くせないほどの葛藤や選択、苦労があったはずだ。それでも、乾杯の音頭とともに昔通りの呼び名で呼び合えば、一瞬にしてあの泥くさくも眩しかった教室の空気に引き戻される。互いの近況報告に驚いたり、時には少ししんみりしたりしながらも、グラスを傾けるうちに笑顔の輪が広がっていく。

地元の小さな居酒屋に集まったメンバーの現在地は、驚くほどバラバラだ。高校を卒業してすぐに地元の老舗寿司屋で修行に励んでいる奴や、すでに2人の子供の親となってすっかりパパの顔つきをしている奴。その一方で、社会の荒波に揉まれる中で精神的に参ってしまい、うつ病を患って静かに療養しているという友人の姿もあった。関東での激しい暮らしとスピード感に嫌気がさし、癒やしを求めて故郷の長崎へと舞い戻ってきた奴もいる。

さらにはわざわざ県外から駆けつけてくれた友人もいて、酒が飲めない奥さんにハンドルキーパーをお願いしてまで参加してくれたのには頭が下がる思いだった。


どんな道を歩んでいようと、集まれば笑い合える仲間がいる。変わっていく日常の中で、変わらない絆の温もりを噛みしめた、かけがえのない夜だった。

​夜も更けてきたところで、名残惜しさを抱えつつも「またな」とほどほどに解散することになった。ちょうど2年後が自分たちにとって年齢的なひとつの節目を迎える。

​「2年後、大々的に同窓会をやろう。それまでは小さな集まりを重ねて連絡を取り合おうぜ」

​「おう、2年後、シャボンディ諸島で(笑)」

​漫画の一場面のような合言葉を笑い合いながら交わし、それぞれの帰路につく。

​耳の奥にはまだ爆竹の残響が残っている。去りゆく霊を賑やかに見送る長崎の夜に、かつての友情が再び動き出した。2年後の再会を楽しみに、少し火薬の匂いが残る風を感じながら夜道を歩いた。

(終わり)

久しぶりに友達と会えて良かった。
仕事を辞める話も出来たし、応援すると言ってもらえたのは嬉しいかぎりです。

いいなと思ったら応援しよう!