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【ブックレビュー】SF設定のエンタメ小説。その先にあった、人間存在を問う文学的思考実験 『異常(アノマリー)』 エルヴェ・ル・テリエ

近年のフランス文学で、私がまず思い浮かべる作家はミシェル・ウエルベックで、あとはピエール・ルメートルくらいだった。

しかし、フランス人作家という理由で本書を手に取ったわけではない。あらすじを読んで興味を惹かれ、読み始めたのが本書だった。

普段、感想記事を書くときは、なるべく「あらすじ」は書かないようにしているのだが、本書に限ってはあらすじから書くのが早いだろう。


2021年3月、パリ発ニューヨーク行きのエールフランス006便が、飛行中に巨大な「乱気流」に巻き込まれる。死を覚悟するほどの激しい嵐のすえ、機体はなんとか目的地へと無事に着陸。
殺し屋、作家、弁護士など、乗り合わせていた乗客たちは、何事もなかったかのようにそれぞれの日常へと戻っていった。

しかし、その飛行から3ヶ月が経った6月、世界の根幹を揺るがす「ある決定的な異常事態」が勃発する。

はたして空の上で何が起きたのか? 人間の存在そのものを揺るがす驚愕の物語。ゴンクール賞受賞作。

あらすじ


今回は、ネタバレについては書きたくない。
なのでこれ以上、話の筋については書かないよう、物語の構造やテーマについて言及し、紹介したい。





まず本作において特筆すべきは、「SF設定の妙」である。
大西洋上空での乱気流、そして3ヶ月後の異常事態。設定そのものは極めてキャッチーなSFのガジェットであり、一級品のエンターテインメントとして読者を牽引していく。

しかし本書は、その現象の謎を解き明かすだけの単純な娯楽作ではない。この前代未聞の事象を前に、作中では「3つの仮説」が提示される。
科学者や哲学者、宗教家たちが招集され、ホワイトハウスで議論が交わされるそのプロセスは、それぞれの立場による思惑や解釈の応酬であり、私たちの「現実」の根拠を根底から揺るがす、極めて哲学的な問いそのものへと変貌していくのだ。

この物語を土台で支えるのが、緻密に計算された群像劇的手法である。

登場する乗客たちの背景は多岐にわたる。それぞれのパートで視点人物の切り替えが行われ、多様な人間模様が並走していく。
それは、一種のフレーム・ナラティブ(枠物語)のような構造でもある。
エールフランス006便という巨大な共通の「枠」の中に、多様な人物のエピソードが埋め込まれている。

⁠それはまるで、ダン・シモンズの『ハイペリオン』を読んだときのような、異なる人生の物語がいくつも並行していく感覚に近い。しかし、本作の本質はそこにとどまらない。⁠





本書はエンターテインメントの皮をかぶりながら、人間の存在そのものを鋭く問い直していく作品である。
突如として突きつけられる非日常的な現実に対し、人間はどう振る舞うのか。あるいは、社会のシステムはどう機能し、どう機能不全を起こすのか。
著者は緻密な構造を冷徹にコントロールしながら、私たちの自己認識の揺らぎをあぶり出していく。

しかし、結末に向かって加速する物語が残すのは、事象の背景にあるシステムそのものではないように思える。その不条理な現実を突きつけられた人間たちが、それぞれにいかなる人生を選択し、引き受けていくかという強烈な個のドラマこそが、深く胸に刻まれた。
本を閉じたのちに実感するのは、世界の謎解きではなく、自らの生を全うしようとする人間の生々しい選択の数々だった。



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