文化勲章受賞画家さまに、バルドー姉さん、裸婦像を描いて貰っちゃいました。(エッセイ)

25歳の時、結婚間近のバル姉は、関西随一の梅田画廊の社長に頼み込んで、飢餓海峡や、金閣寺炎上などを執筆された水上勉様とも、親交の厚い画家、伊藤清永先生をご紹介して頂いた。
突撃隊で自宅に侵入🕺🏻
東京は南阿佐ヶ谷にある閑静な住宅地に佇むお住まいには、天井の高さ6メートルは優に超える洒落た天窓のあるアトリエが併設されていた。
10畳はあるペルシャ絨毯が数枚敷き詰められ、タペストリーが壁という壁を覆い隠し、天窓から差し込む真っ直ぐな光が南北にある窓から入る控えめな明るさと見事に融和し、まるで中世ヨーロッパの長閑な田舎町にでもある教会を訪れたかの様な錯覚を覚えた。(😘詩的な雰囲気)
2ヶ月間のうち週に二泊三日、神戸から東京に通った。ルンルン🎶🎶よ💝💝💝
朝10時から夕方4時まで、昼休憩以外はデッサン。
パンティだけ履いて、椅子に🪑品良く座る姿勢。
男前で渋い清永先生に、ずっと見つめられたもんだから、身体中に、大中小様々な形のアナがいっぱい🈵空いてしまった。
初めての経験よ🐣🐣🐣
日本でも有数の美術団体、白日会の会長をされていた先生は、その年に出品する絵として、私バル姉の裸婦像を選ばれた。前年度の作品は、作詞阿木燿子、作曲筒美京平、第二十一回日本レコード大賞受賞曲、"魅せられて"を歌った美人歌手ジュディオングさんが、モデルだった。
彼女は、緑色の優雅なドレスを纏ってらっしゃった。
清永先生ご夫妻には、大変可愛がって頂き、いまだに、ご婦人とは親交がある。
この奥方は、わたし史上、最良の人格者であり、人生において最高の指南役でもある。
尊敬してやまない女性。
来月は、出石市にある清永先生のお墓参りに一緒に同行予定🌈
バル姉の小説を校閲したり、物語についてセッションしてくれるKちゃんも、ご婦人を交えて三人で京都のマダム紅蘭でランチ。
今、一推しの中華なのよ✨✨✨

伊藤清永先生の文化勲章受賞を祝うパーティーが、1996年、東京帝国ホテルで盛大に開かれた。
時の総理大臣、および大臣は素より、経済会の重鎮も多数出席されていた。
私バル姉と40歳上の主人も、ご招待に預かり、その祝賀会の末席で心から、ご夫妻の今までのご苦労を労った。
二次会では、身内と数人だけの会が催され、私も何故か、呼ばれた。
ジュディオングさんは、"魅せられて"を歌う為に、あの有名な衣装を身に纏い、その場を華やかに彩っていた。
🦋キラキラやん
ウットリ🤩しながら、ジュディさんにご挨拶をした。
彼女とアイコンタクトを済ますと、出席されている方々が一斉にバル姉に視線を集めた。
何故だ❓
そこで、びっくり‼️することが起きたのだ
中央に伊藤清永先生がいらして、右に奥様、左の席が、一席空いていた。
娘さん、息子さん、お孫さんがいらしてたが、誰もその席に座ろうともしない。
何やら、オカシイ❓
ソロっ〜と、他に空いている席を目で探してみた。
その時だった。
眼光鋭い先生が、クラゲ🪼風に漂う私を見つけるなり、鶴の一声
ふぎゃー😱😱😱
「君、ここに座りなさい」
有無を言わさぬ神の声✨
「はい」
今だから分かる。
多分、私で良かったとマジ思う。
あの席には、クラゲ🪼風の私じゃ無いと無理。
文化勲章受賞者の左横なんぞ、畏れ多くて、どんなにメンタル強い人てもフリーズしてしまうだろう。
先生、そうですよね❄️❄️❄️
