青 記憶の色
人生の「青」を歩む
僕は人生で、何度「青」に出会うのだろう
人生の初期段階の「青春」
それは未熟で、無邪気で、何者にも染まっていない透明な季節だ
教室の窓から見上げた空や、放課後のグラウンドに落ちる長い影
あの頃の青は、可能性という名の、少しだけ痛みを伴う光だった
しかし、人生が進むにつれて「青」の意味は深まっていく
ある時は、凪いだ海のような穏やかな静寂として
ある時は、結果を受け入れなければならない、冷徹で知的な判断の色として
若さゆえの鮮烈な青は、経験というフィルターを通ることで、深海のような落ち着いた紺碧へと変化していく
僕が「青」を感じる時、空も海も、実体としてそこに「青」という物質があるわけではない
光の散乱が生み出す、言わば奇跡のような現象だ
人生における希望や夢も、それ自体に重さがあるわけではなく、日々の営みの中に差し込む光が、僕の心に「青」という景色を映し出しているに過ぎない
悲しみさえも「ブルー」と表現されることがある
けれど、それは決して絶望の色ではない
雨上がりの空が一段と深く澄み渡るように、涙を知った後の心には、より密度の高い青が宿る
いま、窓の外に広がる五月の青空を見上げる
あの頃の、眩しすぎる青ではないかもしれない
けれど、積み重ねてきた記憶や、これから描く未来の設計図が混ざり合った今の青は、これまでで一番、自分らしい色なのかな
人生という長い旅路
これからも、刻一刻と表情を変える「青」のグラデーションの中を、記憶の一片として、静かに重なり続けていくのだろう
見つけてくれてありがとうございました
