【Oneチャンクの記憶】Rhapsody in コインランドリー 8mの怪
真夜中の両国コインランドリー 8mの怪
テレビをつけると、日本相撲協会がこの六月にフランス・パリで大々的な国際巡業を開催するという華やかなニュースが流れていた。キャスターが「パリでの公演は実に31年ぶりとなります」と告げる声を耳にした瞬間、私の心は引き戻されるように、ある記憶の扉を開けていた。
31年ぶりのパリ。
そうか、私が体験したあの奇妙で可笑しな出来事も、ちょうど30年ほど前の話になる。
6月の深夜0時。私は東京・両国の路地裏にある年季の入ったコインランドリーにいた。店内は誰もおらず静まり返り、蛍光灯の白い光だけが寂しく店内を照らしていた。
私は洗いたてのインディゴ・ブルーのジーパンを取り出そうと、洗濯機の丸いガラスドアを開けた。
脱水が終わったばかりの洗濯槽に手を伸ばし、ずっしりと重い布の塊を掴む。水を吸ったジーパンを引っ張り出そうとした。ところが、引っ張っても、引っ張っても、全部が出てこない。
「あれ、長いな……」
ずるずると、あふれ出てくるように洗濯機から這い出してくるのは、私のジーパンと同じ深い青色をした、太くて分厚い「何か」だった。いくら手繰り寄せても終わりが見えない。
ついに引き出しきったとき、それはコインランドリーの床いっぱいに、とぐろを巻いた巨大な青い大蛇のようになった。優に8メートルは越えていたと思う。
「なんだ、これ……ジーパンって伸びるの?」
呆然と立ち尽くしながら、その奇妙な物体をよく見てみる。
生地の無骨さとゴワゴワした質感。そして鼻先をかすめる、どこか甘く芳しい香り。お香にも似た独特な匂い。ビン付け油だった。
「これ、お相撲さんの…回しだ……!」
その瞬間、すべてが繋がった。ここは相撲の聖地・両国。
このコインランドリーでは夕方になると、若い力士の卵たちが大きなカゴを抱えて洗濯にやって来ていた。いつも三人ほどで、近くのコンビニで買ったのだろう、サンドイッチやおにぎりが何十個も入った大きなビニール袋を提げていた。彼らが去ったあとには、店内にビン付け油の残り香が漂っていた。そんな日常の風景が、一瞬で脳裏によみがえった。
どうやら誰かが忘れていった練習用の回しが洗濯槽の奥に残っていたらしい。しかも運悪く、私のジーパンのインディゴと回しの青が完璧にシンクロしていた。
確認もせず放り込んだ私のズボラさもあって、暗い洗濯槽の中で二つの青は、見事に一体化した大蛇となって、格闘する私を驚かせたのだった。
あれから30年。
ふとニュース画面に目を戻すと、エッフェル塔を背景に異国の地を闊歩する力士たちの姿が映し出されていた。
まるで、19世紀末にパリを熱狂させたジャポニスム(Japonisme)の残響が、世紀を超えて再び街角に現れたかのようだった。
その姿を見ていると、異文化の中へ飛び込んだ異邦人だけが味わえる高揚感のようなものを、思わず想像してしまう。
そこで私の頭に浮かぶのが、一人の音楽家、ジョージ・ガーシュインだった。
およそ100年前、彼はパリを訪れ、その街の熱気や喧騒に魅了されて名曲『パリのアメリカ人』を書き上げた。海を渡った若き芸術家。
そして今、海を渡った日本の若い力士たち。
時代も分野も違うが、異国の空気を全身で吸い込むそのエネルギーには、どこか共通するものを感じる。
実は、ガーシュインの作品のなかでも、私にとって何より特別なのは『ラプソディ・イン・ブルー』だ。
高校時代、初めてレコードに針を落としたあの日から、私の聴覚と記憶に深く刻み込まれている。青春の日々、何度も何度も繰り返し聴いた愛着ある旋律。
あのクレズマー・クラリネットの妖艶な上昇音が脳内で鳴り始める。
タタタ、タラタタ、タラタタ♪
パリの青空。
若き力士たちのエネルギー。
そしてあの夜、床を埋め尽くした8メートル超の鮮烈なインディゴ・ブルー。
それぞれの青が、不思議なラプソディのように心の中で重なり合う。
そう考えると、あの夜の出来事は笑い話で済んだから良かったものの……。
そこでふと、恐ろしい「もしも」が頭をよぎった。
「待てよ……」
あの時のお相撲さんの回しが、黒っぽい色で本当に良かった。
もし、あれが関取の締める真っ白な回しだったらどうなっていただろう。
もし、私のジーパンの色が移り、あの神聖な白をまだらな青色に染めてしまっていたら……。
そう気づいた瞬間、さっきまでのユーモラスな気分は吹き飛び、私の顔からはすーっと血の気が引いていった。
文字通り、真っ青になったのである。

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