企業が「小説家になろう」に求めるファンタジー
既に募集期間が終わってしまい今更感はありますが、『第14回ネット小説大賞(通称:ネトコン)』の協賛企業25社のデータを分析しました。
数字が示す現実
各社が公開している「求める作品」と「気になるキーワード」を集計すると、上位の顔ぶれは以下のようになりました。
溺愛/女性向け恋愛軸/16社
1LDK、Amazia、NHN comico、NTTソルマーレ、コミスマ、トーハン、ドリコム、ファンギルド、ブシロードワークス、マイクロマガジン社、マガジンハウス、主婦と生活社、双葉社、実業之日本社、新潮社、朝日新聞出版ざまぁ/女性向け恋愛軸/15社
1LDK、NHN comico、NTTソルマーレ、スターツ出版、ツギクル、トーハン、ドリコム、ファンギルド、フレックスコミックス、マイクロマガジン社、マガジンハウス、実業之日本社、徳間書店、新潮社、朝日新聞出版悪役令嬢/女性向け恋愛軸/14社
1LDK、NHN comico、インプレス、コミスマ、ツギクル、トーハン、ドリコム、ファンギルド、フレックスコミックス、ブシロードワークス、双葉社、実業之日本社、新潮社、朝日新聞出版スローライフ/スローライフ・日常軸/13社
SBクリエイティブ、スターツ出版、ツギクル、ドリコム、ファンギルド、フレックスコミックス、ブシロードワークス、マイクロマガジン社、マガジンハウス、双葉社、実業之日本社、徳間書店、朝日新聞出版転生/異世界ファンタジー軸/11社
NHN comico、NTTソルマーレ、インプレス、スターツ出版、トーハン、ドリコム、ファンギルド、ブシロードワークス、双葉社、実業之日本社、徳間書店婚約破棄/女性向け恋愛軸/10社
NHN comico、NTTソルマーレ、スターツ出版、ファンギルド、ブシロードワークス、主婦と生活社、双葉社、実業之日本社、新潮社、朝日新聞出版ハーレム/男性向け娯楽軸/9社
Amazia、コミスマ、フレックスコミックス、ブシロードワークス、マイクロマガジン社、マガジンハウス、双葉社、実業之日本社、朝日新聞出版契約結婚/女性向け恋愛軸/9社
1LDK、NHN comico、NTTソルマーレ、スターツ出版、フレックスコミックス、ブシロードワークス、主婦と生活社、実業之日本社、新潮社チート/異世界ファンタジー軸/8社
Amazia、コミスマ、スターツ出版、トーハン、ドリコム、実業之日本社、徳間書店、朝日新聞出版令嬢/女性向け恋愛軸/8社
NTTソルマーレ、TOブックス、インプレス、コミスマ、スターツ出版、ドリコム、マイクロマガジン社、マガジンハウス
キーワードの性格を大まかに分けると、「溺愛・ざまぁ・悪役令嬢・婚約破棄・契約結婚・令嬢」は女性向け恋愛軸、「転生・チート・追放・成り上がり・無双・俺TUEEE」は異世界ファンタジー軸に属します。両方に顔を出すのがスローライフです。
また、
コミック・WEBTOON専業または主目的と言える企業(11社)
NHN comico、NTTソルマーレ、コミスマ、Amazia、朝日新聞出版、トーハン、徳間書店、フレックスコミックス、マガジンハウス、実業之日本社、1LDKノベルも出すがコミカライズの紹介もある企業(8社)
ファンギルド、TOブックス、新潮社、ドリコム、主婦と生活社、双葉社、マイクロマガジン社、マッグガーデンノベル主体の企業(6社)
インプレス、SBクリエイティブ、スターツ出版、宝島社、ツギクル、ブシロードワークス
コミカライズを前提とした企業が多いのも特徴です。
企業が求めているのは、異世界ファンタジーの骨格に女性向け恋愛の文法を組み合わせたもの、あるいはそのどちらかです。それ以外のジャンルへの言及は全体の中でかなり少ないです。というかほぼありません。
「小説家になろう」はこの傾向を加速させる
これは当然の帰結でもあります。「小説家になろう」のランキング上位を占める作品がそのジャンルに偏っているから、企業はそのジャンルを求めます。企業がそのジャンルを求めるから、書き手はそのジャンルで書きます。書き手がそのジャンルで書くから、ランキング上位はそのジャンルで占められます。
開かれたコンテストであるはずなのに閉じたループの世界を作り出します。多くの企業がコミカライズやWEBTOON化を主目的としているという事実も、この方向性を後押しします。ビジュアル映えするジャンルが優先されるからではないでしょうか。
企業が求める「王道ファンタジー」とは
各社のコメントの中には、「王道を押さえつつも、新たな切り口で描かれる個性的な作品」という言葉が登場します。「王道ファンタジー」というキーワードを明示している企業もあります。
「王道」には少なくとも二つの層があるように感じます。
ひとつは普遍的な物語構造としての王道です。成長・冒険・絆・勝利という、ジャンルを問わず機能する物語の骨格です。
もうひとつは「王道の展開」「お約束」としての王道です。特定のジャンルの中で繰り返されることで読者が期待するようになった定型です。なろう文脈で言えば、転生・チート・追放といった設定がそれにあたります。これは流行が長期化することでお約束に昇格したものです。流行とお約束の違いは、読者が「あって当然」と感じるかどうかです。
企業が「王道ファンタジー」を求めるとき、この二つが混ざっている場合が多いのではないでしょうか。普遍的な物語構造への期待と、なろうジャンルのお約束への期待が、同じ言葉の中に同居しています。
そしてその混同こそが「王道でありながら独自性を」という矛盾した要求を生んでいる一因かもしれません。お約束を守れ、しかし驚かせろ、ということですので。
「懐古主義的な絵面」と「世界構築の整合性」
「王道ファンタジー」という言葉には、よく考えると二つの課題が内包されているように感じます。
ひとつは、懐古主義的ファンタジーです。剣があり、魔法があり、城があり、騎士がいる。そういう絵面のファンタジーを「王道」と呼ぶとき、その価値判断は往々にして書き手や編集者が十代の頃に読んで感動した作品の記憶に依拠しています。「転生・チート・スキル表示のないもの」を王道と呼ぶとすれば、それは2000年代以降のライトノベル・なろう文法が発明したものを取り除いた先にある、かつての自分の原体験です。どこで線を引くかは常に恣意的で、「あの頃のファンタジーこそ本物だ」という感覚は世代的な刷り込みに過ぎません。
もうひとつは、世界観の整合性の問題です。「王道ファンタジー」と呼ばれる作品の多くは、絵面の重厚感と世界の内的整合性を混同しています。山を越えたら砂漠、砂漠を越えたら氷の国、という世界に地形と気候の因果関係はありません。なぜその社会構造が成立しているのかを問わない作品がほとんどです。
また、封建制は特定の農業生産力と輸送コストと軍事技術の組み合わせから生まれた必然の産物です。仮に魔法が農業生産を大幅に向上させるなら、余剰生産物の分配をめぐる権力構造は現実の中世とはまったく異なるはずです。魔法を「特殊効果」として使うのか「世界に導入された変数」として扱うのかで、描かれるべき世界はまるで変わります。
これはストーリーそっちのけでシステムを解説せよという話ではなく、世界が成立している理由が作者の頭の中にあるかどうか、という問題です。
過去には必要なかった問いが、現代では問われます。科学の進化による発見、歴史の評価が更新された現代、因果の通らない世界を「嘘くさい」と感じる感度が上がっています。
これはファンタジーを試みたが離脱した読者、あるいは最初からファンタジーに入口を見つけられなかった読者であると言えます。なろう読者でも一般文芸読者でもない、その中間にいる潜在的な読者層です。
懐古としての「王道」への期待と、整合性への要求としての「王道」への期待は、本来まったく別の話です。ですが、企業が「王道ファンタジー」に期待しているのは、既存のなろう読者の獲得ではなく、この離脱層・未参入層の取り込みであると言えます。より多くの読者に刺さる作品を求めているのです。
抽象化された「王道」の正体
「王道ファンタジー」への期待の背後にあるのは、かつて読んで没入できた「世界の手触り」への渇望だと思います。本当に求めているのは過去の作品そのものではなく、その体験です。そしてそれは新しい作品でも原理的には実現できます。
なろう系転生ものが高度に発達した結果、主人公の内面モノローグが世界を説明し続ける構造は、読者に世界を体験させるのではなく世界を消費させる方向に最適化されてきました。「王道ファンタジーを求める」という声の背後には、この消費速度への漠然とした不満が混じっているように見えます。
例えば、溺愛、ざまぁ、悪役令嬢というお題を与えられた場合、どのようにして他の作品と差別化を図るかということを考えます。より先鋭化したアイデアを注ぎ込みがちです。そうすると読者層もまた絞られてしまいます。そこで考えなくてはならないのが、より多くの人に読んでもらうための「王道」ではないでしょうか。
「王道✕独自性」という矛盾した要求の裏にあるのは、懐古としての絵面の重厚感なのか、整合性のある世界構築なのか、没入感をもたらす物語の密度なのか。それらを「王道」という一語で代理しているのではないかと考えられます。答えは一つではありません。コンテストに王道というテーマで応募する場合、自分にとっての「王道とは何か」という答えを表現する必要があると感じました。
この文章は『第14回ネット小説大賞』をもとに集計・分析したものです。
