「“若者の感覚が分からない”という大人たちと、どう共存していくか」
これまでの記事では、
「若者は時代とともに賢くなっている」という話と、
「教育に必要なのは“問いを持つ力”を育てること」について書きました。
今回はその続きとして、
若者が“価値観の違う人たち”とどうやって共存していくかについて考えてみたいと思います。
どんなに賢くて、柔軟な発想ができる若者でも、
社会に出れば、必ずぶつかる壁があります。
それが、「感覚の違う大人たち」との関係です。
「なんでこんなやり方なんだろう?」
「もっと効率よくできるのに…」
「なんか理不尽じゃない?」
若者たちが社会の現場で直面する、そんなモヤモヤ。
でも、それを一方的に否定していては、前に進めない。
“違う価値観とどう付き合うか”も、社会で生きていくためには必要な力です。
僕は、野球というチームスポーツの指導を通して、
この力を育てられると信じています。
たとえば、チームにはさまざまな選手がいます。
・意見をズバズバ言う子
・空気を読みすぎて発言できない子
・自分のペースを大事にしたい子
・勝利へのこだわりが強い子
1つの目的に向かっているはずなのに、
やり方や考え方が違うから、ぶつかることも多い。
でも、それを**「どう折り合いをつけるか」「どこで共通点を見出すか」**を学べるのが、スポーツのいいところ。
社会に出てもそれは同じです。
若者だけのチームで完結する仕事は、ほとんどありません。
自分の感覚と違う上司や先輩、取引先。
時には納得できないこともあるかもしれない。
でも、そこで必要なのは「我慢」だけじゃなくて、
**「相手の立場を理解しようとする力」**なんだと思います。
それは、年上の人だけでなく、
後輩や同僚に対しても同じことが言えます。
「自分の正しさ」を振りかざすのではなく、
「それぞれが違う考えを持っている」ことを前提に、
どうやって共にやっていくかを考える力。
これって、今の時代だからこそ、
すごく重要なスキルだと思うんです。
だから僕は、スポーツを通して、
・多様な価値観を受け入れる力
・他者と協働する力
・自分の意見を言いつつ、相手の話を聴く力
こうした“社会で生きていくための土台”を育てたい。
単に勝ち負けを競うだけじゃない、
“人を育てるスポーツ教育”がしたいと思っています。
3回にわたって読んでくださった方、ありがとうございます。
「若者を信じる」という視点から、教育・社会・スポーツのつながりを見つめ直してみました。
今後も、教育や現場での気づき、挑戦を発信していきますので、
これからもぜひ読みに来てください!
