風に吹かれて
白い天井が視界を埋めつくしている。
どうやら目が覚めてしまったらしい。
どれだけ眠っていたのか定かではないが、なんとなく眠りすぎたような気がする。霞のような眠気を振り払いながら微かにカチ、カチ、と鳴る音に耳を傾ける。
テレビの近くの掛け時計の音だ。ピアノの鍵盤のようなデザインが、そっと無機質な壁に寄りそっている。
都内を中心に展開する輸入雑貨店で購入したその時計は、なぜだかあまり人気がない。確かに文字盤は数字ではなくバーインデックスであるゆえ視認性が悪く、控えめというよりもむしろ地味と言った方が正確なデザインをしていた。
だがわたしはそんなシンプルな見た目が気に入っていた。地味ではあるが、飾る場所によってはそのシンプルな見た目が一際存在感を発揮させることになる。そんなわたしの部屋で一際目を引く時計の針は、ちょうど午前一時を指していた。
寒気がした。
冷房を効かせすぎていたらしく、タイマーの設定もなぜか消えていた。リモコンで設定温度を上げる。ピッ、ピッ、と機械的な高音が部屋に響きわたる。
夜は静かであるといい。周囲の音がよく聞こえるほどに。夜を支配する静寂はまるで街全体を眠らせているかのようで、心地のいい静けさがわたしを包み込んでいる。
室内の音に耳を澄ます。寂しげなエアコンの作動音。耳元にこびりつく雑音。わたしは立ち上がり背伸びをする。ポキポキと背中が音を立てる。大きなあくびを一つする。
窓を叩く音がした。
それは一定のリズムを刻む、ひそやかな音色だった。
カーテンをゆっくりと引く。
ガラス越しに現れる夜の景色。
コンコンと鳴る窓の奥には、半透明な霧のようなものが見える。錠を外し、窓を開ける。
――そこには小型のつむじ風がいた。
凄まじい速さで目の前をすり抜け、わたしの足元をぐるぐると回り続ける。一時間も待たせてしまって悪いことをしたな。……足元が寒いな。
ちょっと動いていいかい。
小さな風はその場に停止する。わたしはリモコンのある場所まで歩き、エアコンの電源を切った。
今日は一回り小さいね。
わたしはそう言いながらソファーに腰掛けると、少し強めの風が吹いた。縦横無尽に駆け回る小さな竜巻は、ゴミ箱を倒し、テーブルの下のカーペットをめくり、ベッドの上のクッションを床に落とした。少しからかいすぎてしまったらしい。
それにしてもずいぶんと嬉しそうだ。まるで子供のようだな、とわたしは軽く吹き出した。
竜巻はいつの間にか元の小さな姿に戻りキャップを頭に被っていた。前方にのみツバの付いたその帽子がぐるぐるとつむじ風の中心で回転している。似合うね、と言うと、小さな風は軽く飛び跳ねてわたしの足元を行ったり来たりした。
わたしは洗面台に足を向け、ベランダで摘んだバラの花を取りに行った。咲き終わったバラはなるべく早めに摘むようにしている。そうしないと他の花に栄養が行かず、病気になる可能性も出てきてしまう。わたしがバラを育て始めてから約一年が経とうとしていた。彼女は、今も元気にしているだろうか。
バラの入った小さなカゴをテーブルに置き、中から一輪手に取る。淡い紫色のそのバラは、甘い香りと爽やかな香りが混ざったような、そんな香りがした。
バラの花びらを一枚一枚剥いていく。花びらを飛ばさないよう気を遣ってくれているのか、テーブルから少し離れた位置でゆらゆらと風が揺れている。
詰んだバラは四輪だったため、花びらはそれほど多くはない。
じゃあ、やろうか。
さっきまでそよ風のように控えめだったつむじ風は、その名の通りつむじ風らしい強さで風を放ち始めた。家具が壊れなければいいんだが。元気がよすぎるのも、少し考えものだ。
わたしはカゴの花びらをなるべく多く手に取り、宙に向かってまいた。ブオン、という音とともに風は花びらをキャッチし、ゆるやかに舞い始める。やさしく部屋を舞うその花びらは、まるで龍のようだった。もう一度花びらをまく。龍のように見えていたバラの花びらは、水中にいるかのようにゆらり、ゆらり、と空中を揺蕩う。
思わず綺麗だな、と声が出た。すると、バラの花びらを纏った風がゆるやかにわたしの周囲を回り始めた。
わたしはバラの香りに包まれながら残りの花びらをまいてしまおうとカゴを手に取ると、突風が器用にカゴの中の花びらだけをすくい取り、部屋中をまた龍のように泳ぎだした。今度は凄まじい速さで。
そろそろ帰りたいんだろう。そう思い、ベランダの戸を開ける。
紫龍はそのままベランダのバラを一撫でして、月に向かって消えていった。
