【白雨随感禄】学問同士の相性について

フリードリヒ・A・ハイエクが、1974年にノーベル経済学賞の受賞スピーチで、
”The Pretence of Knowledge” (見せかけの知識)
“Unlike the position that exists in the physical sciences, in economics and other disciplines that deal with essentially complex phenomena, the aspects of the events to be accounted for about which we can get quantitative data are necessarily limited and may not include the important ones.”
スタグフレーション(インフレと失業率上昇の同時発生)が起きた原因は、経済学者が”physical science”を取り入れたからと、警告を発していた。
私たちは、
「将来の予測ができない」
ということを、充分すぎるくらい、
「分かったつもり」
でいるが、何かを決断するとき、裏付けとなる
「数字」
や
「データ」
があると嬉しいことから、
「エビデンス・ベースド(EB)」
の観点からデータを準備し、それを分析するために、一見すると、経済・金融の世界で用いられる数式は、とても重宝するが、それをもとに、
「ポリシ―・メイキング(PM)」
をすること(政策形成をすること)とは、別のことである。
■参考記事①
「エビデンス・ベースド(EB)」と「ポリシー・メイキング(PM)」
例えば、
「経済的な合理性」
と、
「学問的な正しさ」
と、
「教育的な豊かさ」
においても、それぞれ相性が悪い場合が多々ある。
それらの諸現象を踏まずに、数式の意味の詳細を理解しないまま、ただ使ってるうちに感覚が麻痺してしまい、
「隷属への道 ハイエク全集 I-別巻」フリードリヒ・A・ハイエク(著)

数字で、未来を予言した気になってしまわないように、常に、前提条件の違いへの考慮が必要ではないかと考える。
■参考記事②
決定されているのに予測できない未来—世界観を覆した数学理論—
なお、ひとつだけ確実なのこと、それは、
「未来を予測したい」
という人間の欲望や需要は、なくなることはなく、
「不確実性が高まる世界」
にあっては、さらに増していくと、推察される。
