【選書探訪:見つける喜び、手に取る楽しみ、出会うしあわせ】「快楽の脳科学 「いい気持ち」はどこから生まれるか」広中直行(著)(NHKブックス)

[ 内容 ]
クスリやゲームへの依存症、性的倒錯に過食…これら「快楽の暴走」は、脳内でどのように引き起こされるのか。
なぜヒトは暴力に快感をおぼえるのか。
ヒトの脳を、認知や言語を司る高次の領域と、食欲や性欲など動物的欲望をになう低次の領域に分け、両者がせめぎあい、行き違うことに快楽のゆがみの原因を探る。
従来の脳科学が解き明かせなかった快楽という強烈な感情の本質に迫り、「どうにも止まらない」脳のしくみを明快に説く注目作。
[ 目次 ]
序章 喜怒哀楽から脳を見る
第1章 快楽の起源をさぐる(なぜ快/不快が生じるのか 低次脳と高次脳-心をとらえる視点 ほか)
第2章 暴走する快楽(なぜ薬物依存が起こるのか-ヒートアップする高次脳 ゆがむ食欲-低次脳と高次脳のせめぎあい ほか)
第3章 ゆらぐ快楽(恐怖に惹かれる脳-コワいもの見たさのメカニズム 暴力に快をおぼえる脳?闘争心が敵意に変わるとき ほか)
第4章 生きる力としての快楽(脳と人間の姿を見直す 正常/異常を超えて)
[ 問題提起 ]
この本は、医学博士で理研にも在籍経験のある学者の書。
およそ考えられる「気持ちいいこと」、「快楽」について語られている。
ここで紹介されている米国のジョー・ブレイディ博士の実験の紹介は面白い。
サルを椅子に座らせ、2頭並べて実験をする。
どちらの目の前にもスイッチがあるが、一頭の前のスイッチは機能しないダミーである。
ときどき不快な電気刺激がやってきて、本物のスイッチを押した方は、それを回避できる。
ダミースイッチの前のサルは何をしてもだめである。
つまり、ここには二種類のサルがいる。
1 嫌な刺激を自分の力で回避できるサル
2 嫌な刺激を他人任せにするしかないサル
会社で例えると、前者は言わば「管理職」のサル。
後者は「平社員」のサルとみなすことができる。
どちらがストレスを強く感じたかを計測すると、「管理職」の方が強くストレスを感じるという。
サルの管理職は、完璧な仕事をするストレスにやられてしまうのだ。
逆に、完璧な仕事をする知能のないラットで同じ実験をすると、「平社員」にストレスがかかるという。
[ 結論 ]
有能な管理職はストレスが高い。
無能な管理職の下の平社員はストレスが高い。
世の中の構図そのものになってしまった。
心理学の世界では、これらの実験の積み重ねから、「予測できないこと」「対処できないこと」がストレスの主因であると考えられるようになったという。
一般的に脳科学の世界では、快楽は報酬系と結びつけて考えられがちである。
有名なパブロフのイヌの実験のように、餌と刺激の関係を学習し行動に反映させるような考え方だ。
この本も前半は、そのような報酬系の基本原理から始まる。
報酬系の考え方では、生存確率を高めるような行動が「快楽」に対応している。
栄養価の高いものを食べること、社会関係の中で認められること、気持ちの良い環境で過ごすこと、魅力的な異性と性関係を持つこと等。
快楽を得て、その行動を繰り返したいと思うおかげで、動物は生存や繁殖の確率を高めている。
そういう古典的な考え方だ。
しかし、著者は、ヒトを報酬系による単純なシステムとはみなしていない。
単純な報酬系では説明できない実験データや、最新の脳科学の研究で分かってきた事柄が次々に論じられる。
現代的テーマが多数織り込まれているのが、専門家でない読者としては興味深かった。
クスリやゲーム、過食、性的倒錯、暴力などへの依存、幻聴や統合失調症など分かりやすい事例満載。
著者の文章を引用すると、「私たちはこれまで「自分」という自我の主人公で、それが脳の各部に命令を出して、全身を統率しているのだと考えてきたが、本当はそうではないかも知れない。食欲や性欲の中にも「自分」が散在し、それぞれがそれなりに自己主張しているように思われる」。
低次の情報処理を行う動物的な脳と、高次の処理を行うヒト的な脳は複雑に相互作用していて、快楽や感情は、その織り成す綾なのだ、という議論が説得力を持って展開される。
特に後半は、精神の正常や異常を分ける現代精神医学への批判や、それを個性とみなして受け入れることで、実現できる豊かな社会へのビジョン提言など、脳科学、精神医学の範囲を超えた著者の深い洞察と哲学が語られて、深く感動してしまった。
一般向けに感情や快楽と脳の関係を語った名著。
[ コメント ]
この本にもほんの1行、インターネット依存症についても触れられていた。
著者は「本気にしていない」らしいのだが、参照されたのは、この2003年の論文だ。
・Internet over-users' psychological profiles: a behavior sampling analysis on internet addiction.Whang LS, Lee S, Chang G.
韓国で13,588人のユーザを調べたところ、3.5%が「インターネット依存症」で18.4が潜在的な依存症であると診断できるらしい。
基準はともかくとして、精神的にインターネットによるつながり感が生活に欠くべからざるものとなった人が増えているのは間違いないだろう。
正常と異常は、多様性とみるこの著者の意見と同じように、結局、依存症を正とするか負とするか、考え方次第の気がする。
[ おまけ:今日の短歌 ]
「ジャンヌ・モローのややよぢれたる唇のやうな小説読みをり深夜」
花鳥佰『しづかに逆立ちをする』

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