【メモ(memo)】比較されたら
どっちがいいか考えるときに、比較してみることは、習慣のひとつですが、それが高じて、自分と他の誰かを比べることもあります。
あなたが今、人と比べていることって、何ですか?
比べて、それをひとつの基準として、次の目標へ、となれるなら、それはそれでいいですね。
日本では、人と同じでいることが、ひとつの価値でもあるので、比べて、自分がそうでないと、自己嫌悪や、自信喪失で、落ち込む人も多いのが現実です。
たとえば、よく聞かれるのが、この年になって○○もできてない(わからない)なんて、私はダメだ、とか。
バリバリやっている人もいるのに、私は、やりたいこともわからないとか、他の人たちは、我慢しているのに、私は我慢できない、とか。
周りと比べ始めると、本当にキリがない。
モノであれば、常に、より多く持っている人がいます。
お金がそうです。
確かに、お金は、より多いほうがいいし、より多く欲しいけれど、それだけではないのは、誰もが知っています。
お金に追われないよう、お金に自分をコントロールされないよう、上手に付き合いたいもの。
年齢を引き合いに出すなら、いつでも若い人がいるし、いつでも先輩がいます。
自分を人と比較することで、モチベーションになるならいいけれど、そうでないなら、比較しても得られるものがない、と意識を持つようにしましょう。
ただ、自分を、他人と比較しないように心がけても、勝手に、周りに比べられてしまうこともあります。
比べるカルチャーは、日本だけではなくて、世界中同じ。
学校の成績だって、会社などの業績などもみんな、比べて判断するもの。
なので、ときにはこれは避けられません。
比べられるのが避けられないなら、比べられても、へこたれないようになるしかありません。
どこかで比べられたら、それは、自分のなかのひとつであり、すべてではない、と思うようにしましょう。
そもそも、人間を、総合的に比べることは無理だから。
例えば、ひとつのスキルや、一部の持ち物や、パーソナリティの一部などが比べられるのです。
スキルなら優劣がつくし、持ち物なら有無で比べられるし、パーソナリティでも、好みがあるから、どっちがいい、となります。
でも、それは、やはり一部。
自分の存在が否定されるものでも、卑下されるものでもありません。
比べられたら、それをパーソナルに、感情で受け取らないように、訓練します。
比べられるのは、確かに、気分の良いものではありませんけれど、それが現実です。
そのときに、自分も一緒になって、自分を周囲と比較したりしないこと。
一緒になってやってしまったら、落ち込む原因になりかねません。
そして、自分の軸や、自分の存在そのものを見失わないことが大事です。
自分を周りと比較しなくてもいい。
比べられたら、個人的に受け取らない。
このふたつを思い出して。
