【メモ(memo)】読書のお風呂に入る効能は?
読書を行っていくと、どのような効能が期待できるのでしょうか?
例えば、
長期的視点が養える。
知性的なバックグラウンドを身につけられる。
物事を多面的に見ることが出来るようになる。
自分の知らない世界を知る端緒になる。
アイデアが出てくる。
知識が増える。
メンタルヘルスに役立つ。
語彙が増え、国語力・読解力の向上の一助になる。
人生に潤いが出る。
集中力が鍛えられる。
意味を多元的に捉えていくことができる。
人の思考パターンを吸収できる。
感動のセンサーが発達していく。
センスが良くなってくる。
人に対する想像力が養われる。
想像力が鍛えられる。
自分に自信がついてくる。
一流の人たちとの対話ができる。
などなど、いろんな効能があると思います。
読書により、自分とは違った生き方や境遇の人たちのことを知ることで、心に刺激が与えられたりもします。
読書を通じていろいろな考え方を知り、また、世の中のいろいろな事実・現実を知ることによって、自分の心や精神面での変化も出てきますし、自分の判断に対する自信も段々とついてきます。
また、読書により知識が増えていくと、感性のアップにもつながっていくと思います。
読書というのは、一人の個人が勉強したこと、研究したこと、体験したことなど、個人の名前を通して責任を持った意見としての生きた媒体なわけです。
ここには、歴史の流れや、個人の感情、見解、様々な要素が絡み合っているわけです。
ですから、読書でいろんなことを疑似体験することは、そこから広がる様々な方向性によって、人間の幅を広げていき、思考能力や鋭い見解へと繋がっているのだと考えられます。
知性を鍛え上げていくのには、時間がかかります。
10年、20年のスパンで考えていくだけの根性が要されるものなのではないでしょうか?
もちろん実践して磨いていかないとそうはなりませんが、読書により、いろいろな面でのセンスが少しずつ身についていくはずです。
・
・
・
そう、大切なのは読み続けること!
日本語の読書にしても、英語の読書にしても、最も大切なのは継続することだと思います。
どんな事でも続けていないと感覚は鈍くなるものです。
何かを始めて、ちょうど一年ほど経過した頃に思い返してみると良いと思います。
何度か停滞時期があったかもしれないけど、そこで諦めていたら、日本語力や英語力が伸びることがなかったんじゃないでしょうか?
悩んであがいていたからこそ、なんとか突破口が見つかるものです。
そして、気がついたら、いつの間にかできるようになっている。
それもこれも、読書というのは基本的に楽しいことだからだと思います。
そう、楽しんでやれることが大切なんですよね!
・
・
・
どんな内容でもいいと思うんだけど・・・・・・
読書ができる状況というのは、精神的に大変、穏やかで健康的なことなのだと思います。
確かに、本当に追い込まれているような情況下では、本と向き合うだけの精神状態になれないものですよね。
「多読術」の中で松岡正剛は、読書はわからないから読む、それに尽きると述べていました。
自分ではわからないことだから、その本を、その作品を、私たちもわからないから読んでいるのでしょう。
つまり、わからないことというのは、言い換えればもっと知りたいことだと言えます。
であれば、もっと知りたい、わからないことについて知りたいために、人はたくさん本を読むなどして勉強することは、さほど重要ではなくて、実は、知りたいことをアウトプットすることを心がけて本を読むという行為自体を楽しんだ方が、健全で体にもいい作用を与えてくれるような気がします。
そして、読書することで、実際にこれから起きる様々な問題や、人生の課題を取り組む訓練ができるのです。
本をたくさん読んだ人と、そうでない人は、大人になってからの幅が変わっていくのは、この経験の差なんでしょうね。
これは本でなくても、実際の経験でもいいんですけどね。
また、あまり読み方に拘らなくていいと思います。
本に書かれているのは、自分はこう考える、こういう主張をするという著者の訴えであり、その訴えや問いかけにどのように反応するかは、基本的に読者の自由であることから、もっと恣意的で、自分勝手に解釈していっていいと思います。
間違った解釈に気づけば、直していけばいい訳で、著者が提示することを自分の都合で取り入れ、結果的に自分が成長したり幸せになっていけばいいのです。
自分に必要なところだけ、採っていくのでもOKだと思いますよ!
但し、諸刃の剣の側面があるのも事実。
ただ、自分が知らない、世間が知らないだけで、すごいことをやっている人が無数にいます。
そういった世界の一端をどんどんと見つけていって、自分の生き方を反省したり、頑張るための努力するためのモチベーションとしていければ良いですよね。
何はともあれ、多くの視野から物事を眺めるということは大切なことなんだって思いませんか?
・
・
・
最後に、実用書をいくら読んでも、現実という枠は超えられないけれど。
小説を読むことで自分一人の視点・考え方・感性では、見ることも感じることもできなかった世界が、異化によって様々に開けていくのでしょう。
小説を読む効用のひとつが、一度きりしかない人生を、登場人物に自分を置き換えて疑似体験することによって、これほど深く濃く何重にも楽しむ方法は、少ないように感じます。
もっとも、新しい視点を得るという体験だけなら、異分野を体験してみたり、実用書を読むことによっても得られることはあると思うけど、実用書がくれる新しい視点は、自分がもともと持っている視点の延長線上のものでしかなく、新たな視座を与えてはくれないような気がします。
専門書や実用書を読むときの自分の頭にあるのは、過去や現在や未来の自分が、仕事や生活の上で遭遇する課題や問題であって、それらはどこまでいっても現実の延長線上、もしくは点であり、まったくの明日への視座を与えてはくれないんですよね。
未知の世界を教えてくれる「一冊」との出会いを求めて。
今から、書店を気ままに歩きながら、心惹かれる一冊を手に取る。
そのような本との偶然の出会いは、至福のひとときです(^^)
