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能登半島地震が突きつけた現実――孤立する地域でBCPは機能するのか[2-7]

地方・過疎・高齢化という条件下でのBCPの現実

令和6年能登半島地震は、2024年1月1日16時10分に発生しました。マグニチュード7.6、輪島市・志賀町で最大震度7を観測し、死者は605名(うち災害関連死377名)、住家被害は11万棟以上にのぼりました。

元旦という時間条件に加え、半島という地理的特性、そして高齢化率の高い地域構造が重なったことで、従来の災害像とは異なる「複合的な制約環境」が一気に顕在化しました。

特に被害の大きかった能登6市町は、全国を上回るスピードで人口減少・高齢化が進んでいた地域です。2010年から2020年の10年間で、珠洲市は人口が20.7%減少し、高齢化率は51.6%に達していました。全国の高齢化率が28%である中、能登の複数の市町が軒並み50%前後という水準だったのです。

半島地形は道路網が限られているため、一部の寸断がそのまま孤立につながる構造を持っています。このような条件下では、「想定していた支援到達時間」そのものが前提として成立しなくなります。

ここでは、医療・福祉施設において繰り返し現れた構造的課題を整理していきます。


道路寸断による支援到達遅延と施設孤立の長期化

地震による道路の寸断は、支援チームや物資の到達を大きく遅らせる要因となりました。

最大で24地区3,345人が孤立し、特に輪島市では14地区2,817人が孤立する事態となりました。孤立が実質的に解消したのは1月19日、発災から3週間近くが経過した時点です。

ライフラインの復旧にも長い時間を要しました。停電は最大約4万戸で発生し、復旧までに約30日(進入困難箇所を除く)かかりました。断水は最大約11万戸にのぼり、輪島市・珠洲市の一部では5月末まで断水が継続した地域もありました。厚生労働白書によれば、医療施設26か所が停電・断水等の影響で入院診療に制限が生じ、高齢者施設307か所、障害者施設48か所で停電・断水等の被害が報告されています。

外部支援を前提としたBCPでは、この「到達遅延の前提崩れ」が大きな課題となります。支援が来る前提ではなく、数週間単位で自己完結する前提の設計が必要だということです。

あなたの施設は、外部からの支援が3週間来ない事態を想定した備蓄・人員計画になっているでしょうか。


「被災地で支える」から「非被災地へ動かす」への転換――1.5次避難所という仕組み

能登半島地震では、被災地内での支援を積み上げるのではなく、要配慮者を一度被災地外へ動かし、安全でライフラインの整った環境でケアを行うという仕組みが本格的に運用されました。それが1.5次避難所・2次避難所という二段構えの体制です。

石川県は、孤立集落の状況やライフラインの被災状況、厳冬期であることを踏まえ、2次避難先(ホテル・旅館等)が決まるまでの当面の受け皿として、いしかわ総合スポーツセンター等に1.5次避難所を設置しました。最大508人がここに滞在し、さらに県内外のホテル・旅館等への2次避難者は、最大5,275人(2024年2月16日時点)にのぼっています。

1.5次避難所は単なる中継地点ではありませんでした。DWATの活動記録によれば、ここは「福祉避難所的活動」の場として位置づけられ、要介護度の高い避難者のための「介護待機ステーション」が同施設内に設置されています。被災地の介護施設から直接被災地外の施設へ移れない人を、いったんここで医療・福祉双方の目で見ながら、次の行き先を調整する機能を担っていたのです。

一方で、運用上の課題も見えています。1月14日時点で1.5次避難所には250人以上が入所し、キャパオーバーが見込まれる事態となりました。退所が進まない最大の要因は、自立度の高い人のホテルへの2次避難が進まなかったことでした。つまり、被災地外への「出口」の調整能力が、被災地内の「受け皿」の規模を左右したということです。

南海トラフのような広域同時被災を想定すると、この仕組みの意味は大きくなります。被災地内で完結させようとするほど、支援者も含めて二重に被災するリスクが高まります。要配慮者を非被災地側のスポーツセンターや公共施設に集約し、そこから県営・市営住宅や福祉避難所といった、よりライフラインの安定した場所へ振り分けていく流れは、被災地に支援を「持ち込む」発想から、要配慮者を安全な場所へ「動かす」発想への転換だと言えます。

あなたの施設が被災した場合、入所者を非被災地側の一時受け入れ拠点へ移す具体的な経路と協定先を、あらかじめ描けているでしょうか。


高齢化地域における要配慮者支援の限界

高齢化率の高い地域では、在宅で生活する要配慮者の割合も高くなります。そのため、避難や安否確認の対象が広範囲に及び、支援の優先順位付けが極めて困難になる状況が発生しました。

DWATの活動記録によれば、能登半島地震では全都道府県からのべ1,500名を超えるチーム員が派遣され、これは全都道府県のDWATが同時に展開した初めてのケースでした。それでも現場では、「対応可能チーム数よりも避難所の数が多く、状況に応じたチームの配置変更を機動的に行う必要があった」という課題が報告されています。

福祉避難所は最大27か所開設されましたが、個別避難計画の整備状況には地域差があり、実際の災害時に「誰をどの順番で支援するか」が現場判断に委ねられるケースも見られました。

これは施設単体の問題ではなく、地域全体の設計課題として捉える必要があります。要配慮者の絶対数が多い地域では、施設一つひとつの個別避難計画だけでなく、地域としての支援優先順位の設計が問われます。

あなたの施設がある地域では、要配慮者の数に対して支援者の数が不足する事態を想定できているでしょうか。


東日本・熊本と共通して現れた「二重被災」「ライフライン途絶」「BCP機能不全」

令和6年能登半島地震でも、職員自身が被災する「二重被災」、電力・水・通信の途絶、そしてBCPが想定通り機能しない状況が確認されました。

石川県自身の検証報告書も、この点を率直に認めています。県庁職員へのアンケート調査では、業務継続計画を策定していたにもかかわらず、発災後1週間の出勤率が50%を下回る日も多く、最低限の業務継続に必要な職員以外を災害対応業務に充当させることが徹底できなかったと総括されています。県職員自身の家族が被災したことや、年末年始の帰省で出勤が困難となる職員が多数発生したことも一因でした。

これは東日本大震災や熊本地震でも共通して見られた構造であり、3つの災害を通じて繰り返し現れた課題といえます。つまり、個別の災害特性ではなく、日本の医療・福祉施設に共通する”脆弱性のパターン”として整理する必要があります。

継続勤務の前提、情報連携の前提、生活インフラの前提が同時に崩れる状況では、BCPは「存在するかどうか」ではなく、「どこまで現実に耐えられるか」が問われます。

あなたの施設のBCPは、策定済みであることと、実際に機能することの違いを、どこまで具体的に検証してきたでしょうか。


過去の災害は記録ではなく、設計図である

令和6年能登半島地震は、単独の特殊事例ではなく、東日本大震災・熊本地震で繰り返し現れた課題が、地理・人口構造という条件のもとで再び顕在化した災害でした。

3つの災害を通じて共通して見えてくる本質は、「外部依存前提の限界」「二重被災構造」「ライフライン途絶の影響」という、極めて構造的な脆弱性です。そしてそれは、どの地域にも形を変えて存在し得るものです。

過去の災害は記録ではなく、設計図である。BCPとは、この設計図をどう読み替え、自施設の現実に落とし込むかという作業そのものでもあります。

24時間。72時間。3週間。2〜3ヶ月。あなたの施設は、どこまで持ちこたえられますか?


次回

ここまで7つの災害を見てきました。

災害は違っても、現場で繰り返される課題には共通点があります。

次回は「過去の災害は記録ではなく、設計図である」という視点から、医療・福祉施設のBCPに必要な本質を整理していきます。


参考資料

本記事の内容は、以下の公的機関による一次資料に基づいています。

・令和6年能登半島地震に係る初動対応の検証報告|石川県
 https://www.pref.ishikawa.lg.jp/bousai/bousai_g/bousaikaigi/20241028/documents/01_houkokusyo_honpen.pdf

・令和6年版厚生労働白書(特集:能登半島地震と医療・福祉)|厚生労働省
 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/23/dl/2-tokusyu.pdf

・令和6年能登半島地震におけるDWAT活動について|全国社会福祉協議会
 https://www.bousai.go.jp/jishin/noto/taisaku_wg_02/pdf/siryo3_2_6.pdf

・輪島市震災記録誌(検証報告書)|輪島市
 https://www.city.wajima.ishikawa.jp/docs/2026051100016/file_contents/summary.pdf

・珠洲市震災検証報告書|珠洲市
 https://www.city.suzu.lg.jp/uploaded/attachment/10678.pdf