施設管理担当者こそ、防災の主役である[3-1]
設備・建物・インフラを知る人間が、BCPの核心を担う理由
第2シリーズでは、7つの災害を振り返り、医療・福祉施設のBCPに共通する課題を整理してきました。その課題の多くに、ある共通点がありました。
設備やインフラが絡んでいるという点です。
あなたの組織で、防災計画を作っているのは誰でしょうか。
総務担当でしょうか。管理職でしょうか。あるいは、防災担当として位置づけられた部署かもしれません。
では、その計画を作る場に、施設管理担当者は入っているでしょうか。
病院や福祉施設、公共施設では、防災と施設管理は別の仕事として扱われることが少なくありません。防災は計画やマニュアルを作る仕事。施設管理は設備を維持する仕事。そのように役割が整理されている組織も多いと思います。
しかし、災害時に起きる問題の多くは、人だけの問題でも制度だけの問題でもありません。建物、設備、ライフライン、動線、機器配置など、「施設そのもの」が大きく関わっています。そして、それを最も理解しているのは施設管理者です。
防災は総務や管理職だけの仕事ではありません。むしろ施設を知る人間こそ、防災の中心にいるのではないかと思うのです。
防災計画と施設管理が「別の仕事」として分断されてきた構造的問題
多くの組織では、防災計画は会議室の中で作られます。避難体制、連絡体制、役割分担、備蓄品一覧などが整理され、文書としてまとめられます。
一方で施設管理は、日常の点検、修繕、設備管理、法定点検対応など、現場に近い仕事として運用されています。
それぞれに重要な役割があります。しかし問題は、その間に見えない境界線ができてしまうことです。防災側は「設備が動く前提」で考え、施設管理側は「設備維持が役割」と考える。その結果、「非常用電源は何時間持つのか」「断水時にどこまで機能維持できるのか」といった重要な情報が、計画に十分反映されないことがあります。
実際に、非常用自家発電設備は法定点検を実施していても、平常時と災害時では負荷条件が異なるため、想定外の不具合が起きることがあります。国土交通省の調査でも、燃料配管や冷却水配管の劣化・漏れによる不具合が複数報告されています。設備が「存在する」ことと、「災害時に確実に機能する」ことの間には、点検・更新計画という橋渡しが必要なのです。
災害時には、防災計画と施設管理の境界線は意味を失います。建物と運用は切り離せないからです。
あなたの施設の防災計画は、施設管理担当者が関わった内容になっているでしょうか。
災害時に最初に機能不全になるのは「設備・インフラ」である現実
災害時に最初に問題が表面化するのは、人員不足だけではありません。
停電、断水、空調停止、通信障害、設備故障。こうしたインフラ系の問題は、極めて早い段階で施設機能に影響します。
2016年の熊本地震では、11の医療機関で全入院患者の避難(転院・退院等)が実施されました(患者総数1,535人)。その多くは、ライフラインの途絶や建物倒壊の恐れが原因でした。この経験を受けて、2017年に災害拠点病院の指定要件が改正され、BCP策定が義務化されました。病院BCPの義務化そのものが、設備・インフラの問題を契機としているのです。
さらに、令和元年台風第15号では、千葉県内の少なくとも3つの病院で非常用自家発電設備が故障し、6病院で不具合が発生しました。そのうち3台は設置から20年以上が経過しており、十分な点検がなされていなかったことが判明しています。不具合の内容は燃料配管・冷却水配管の漏れなどでした。設備は「ある」だけでは機能しない、という現実がここに示されています。
医療や福祉の現場では、一つの設備停止が別の機能にも連鎖していきます。設備は施設全体を支える土台です。設備は普段動いているからこそ、その重要性が見えにくくなります。しかし災害時には、その存在が一気に前面へ出てきます。
あなたの施設の非常用自家発電設備は、何時間連続で稼働できる設計になっているか、最後に確認したのはいつですか。
施設管理者だけが持っている「建物・設備の弱点情報」がBCPに活かされていない問題
厚生労働省が示す「医療機関におけるBCP作成指針」のチェックリストには、「自家発電の供給量は通常の1日あたりの電力使用量の何%か」「燃料の備蓄は何日分か」「受水槽の合計容量はどれくらいか」「医療ガスの備蓄量はどれくらいか」—といった設問が並んでいます。これらはすべて、施設管理者でなければ即答できない項目です。
同様に、介護施設・事業所向けのBCPガイドライン(自然災害編)でも、「建物設備の損壊」「社会インフラの停止」が、業務継続を困難にする最初の要因として挙げられています。自家発電機については「カバー時間・範囲を確認し、使用する設備を決めた上で優先順位をつける」ことが明示されています。
つまり、国が示すBCPの設計要件そのものが、施設管理の知識を前提としているのです。
施設管理担当者は、建物の特徴を日常的に見ています。「この場所は大雨時に水が入りやすい」「この設備は復旧に時間がかかる」「ここは停電時に影響が集中しやすい」そうした情報は、図面には載っていないことがあります。しかし、その情報がBCPへ十分に反映されていないことがあります。
災害時に必要なのは、理想的な施設像ではなく、現実の施設情報です。
あなたの施設のBCPに、自家発電の稼働可能時間と供給先の設備リストは載っているでしょうか。
施設管理者がBCP設計に関わることで何が変わるか
施設管理者がBCPへ関わると、計画の見え方が変わります。
非常用電源は何を優先するのか。断水時に使える設備は何か。代替動線は確保できるか。設備停止時に優先順位をどう変えるか。
こうした内容が、抽象論ではなく具体的な運用へ変わっていきます。
BCPとは、単なる文書作成ではありません。「何を守り、何を止め、何を継続するか」を決める作業です。そして、その判断には建物や設備への理解が欠かせません。
なお、2021年度の介護報酬改定により、すべての介護施設・事業所にBCPの策定・研修・訓練が義務化され、2024年4月以降はBCP未策定の事業所への基本報酬の減算措置も始まっています。書類上の計画を提出するだけでなく、実際に機能する設計になっているかどうかが、これから問われることになります。
防災担当が防災を考え、施設管理担当が設備を守るだけではなく、両者が同じ地図を見て考えることが重要なのだと思います。
あなたの施設では、防災担当と施設管理担当が同じ場で議論した経験がありますか。
施設管理者は、決して裏方ではありません。建物を理解し、設備を知り、日常の小さな異変を把握している人だからこそ見えるものがあります。
しかし、災害時に施設を支える土台を最も理解している人が、その設計に関わらなければ、本当に動くBCPにはなりにくいのだと思います。施設を知る人間が、備えを設計する
そこから初めて、本当に機能するBCPが始まるのではないでしょうか。
次回
次回は、施設管理の現場で日常的に使われている「設備台帳」を取り上げます。
法定点検や修繕履歴の管理のために整備されているこの台帳に、BCPの視点を加えると何が変わるのか。単なる管理書類が、災害時に「何から止まり、何を優先すべきか」を示す設計図へと変わっていく過程を見ていきます。
参考資料
本記事の内容は、以下の公的機関による一次資料に基づいています。
・病院BCP(業務継続計画)作成の手引き(災害拠点病院用)2017年度版改|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/000957152.pdf
・医療機関(災害拠点病院以外)における災害対応のためのBCP作成の手引き|厚生労働省科学研究費補助金研究(堀内分担研究添付資料1)
https://www.mhlw.go.jp/content/000955005.pdf
・医療機関(災害拠点病院以外)における災害対応のためのBCP作成指針|厚生労働省科学研究費補助金研究(堀内分担研究添付資料2)
https://www.mhlw.go.jp/content/000955048.pdf
・災害拠点病院以外の医療機関におけるBCPチェックリスト|厚生労働省科学研究費補助金研究(堀内分担研究添付資料3)
https://www.mhlw.go.jp/content/000955050.pdf
・介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/000749543.pdf
・非常用自家発電設備の確実な動作について|国土交通省住宅局建築指導課
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/content/001330094.pdf
・病院のBCP策定状況と義務化の経緯について|厚生労働省(第14回救急・災害医療提供体制等の在り方に関する検討会 資料6)
https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/000511797.pdf
・熊本地震から10年を迎えて|熊本大学病院 災害医療教育研究センター
https://kumamoto-dmerc.com/archives/7756
