訪問介護・居宅系サービスのBCPが抱える、固有の課題[4-6]
訪問介護のBCPも、施設のBCPと同じ発想で設計できると思っていませんか。
これまでのシリーズでは、特別養護老人ホーム、障害者支援施設、グループホームなどを取り上げてきました。これらのサービスには、それぞれ異なる特徴があります。しかし、BCPを設計するうえで共通している前提もあります。それは、利用者がいる「建物」が存在することです。
災害が発生したとき、まず施設の建物に何が起きたのかを確認する。そこにいる利用者の安全を確認する。職員の参集状況を把握する。そして、限られた人員と資源をどのように配分するかを考える。こうした発想は、施設型サービスのBCPにおいて、非常に重要な出発点になります。
しかし、訪問介護・居宅系サービスでは、この出発点そのものが異なります。利用者は、一つの建物に集まっていません。地域の中に分散しています。
この違いは、単に「施設がない」という話ではありません。BCPを設計する際に、最初に確認すべき対象そのものが変わるということです。訪問介護のBCPは、施設型のBCPを簡略化したものではなく、そもそも別の設計思想から考える必要があるのではないでしょうか。
義務化が遅れたことは、課題が小さいという意味ではない
訪問系サービスのBCPを考えるとき、制度上の経緯にも触れておく必要があります。BCPの策定・研修・訓練の義務化そのものは、他の介護サービスと同じく令和6年4月から始まっています。
一方、業務継続計画未策定減算については、訪問系サービス、福祉用具貸与、居宅介護支援に限り、令和7年3月31日までの経過措置が設けられていました。つまり、義務化自体は他のサービスと同じく令和6年4月から始まっていましたが、未策定減算の適用だけは1年遅れて、令和7年4月から開始されたということです。
ここで注意したいのは、「減算の適用が遅れた」という事実を、「訪問系サービスのBCPは重要ではない」と解釈してはいけないということです。むしろ、訪問系サービスには、施設型サービスとは異なる構造的な難しさがあります。
施設型サービスでは、利用者が一定の場所に集まっています。一方、訪問介護では、利用者は地域に分散しています。事業所の建物が無事であっても、利用者の生活場所が被災している可能性があります。職員が出勤できても、訪問先まで移動できない可能性があります。通信手段が確保されていても、すべての利用者と同時に連絡が取れるとは限りません。
つまり、BCPの中心となる「安否確認」「職員の確保」「サービスの継続」という課題が、施設型とは異なる形で現れます。また、義務化されたのはBCPの策定だけではなく、研修や訓練の実施も含まれます。訓練の回数については、入所系サービスが年2回以上とされる一方、訪問系サービスでは年1回とされています。この違いも、単純に「訪問系サービスの方が重要度が低い」と考えるものではなく、サービスの構造が異なるため、求められる運用の形も異なるということです。
制度上の義務を満たすことは、BCPの出発点です。しかし、義務化されたかどうかと、実際に機能するBCPになっているかどうかは別の問題です。
「建物がある」ことを前提にできない
これまで扱ってきた施設型サービスには、共通する構造がありました。特別養護老人ホームでは、入所者が施設内で生活しています。障害者支援施設でも、利用者が施設内で生活していることを前提に人員配置が考えられています。グループホームでは、近接する住居に利用者が生活しています。
もちろん、それぞれのサービスには固有の制度や運営上の違いがあります。しかし、災害時の初動を考えるとき、「利用者がいる場所」が比較的明確です。まず、その建物の安全を確認する。その建物にいる利用者の安否を確認する。その建物にいる職員の状況を確認する。そのうえで、必要な支援をどう継続するかを考える。このように、建物と人員配置がBCPの重要な出発点になります。
しかし、訪問介護には「利用者が集まる建物」という前提がありません。利用者は、地域全体に分散しています。利用者が生活している場所は、事業所の建物ではありません。事業所の職員がいる場所と、利用者が生活している場所も異なります。
災害が発生したとき、事業所の建物が無事であったとしても、利用者の生活場所が無事とは限りません。反対に、利用者の生活場所が無事であっても、職員が被災して訪問できない可能性があります。
この構造を考えると、訪問介護のBCPでは「事業所を守る」という視点だけでは不十分です。事業所を拠点として、地域に分散した利用者と職員の状況をどのように把握し、必要な支援をどのように組み立てるか。これが、施設型BCPとは異なる重要な論点になります。「建物がない」ということは、BCPの中心がなくなるという意味ではなく、むしろ建物を中心に設計できないからこそ、情報と人の動きを中心に設計する必要があるということです。
訪問介護のBCPを施設型の様式に当てはめるだけで、本当に必要な設計ができているでしょうか。
安否確認の「順番」を考える必要がある
訪問介護のBCPにおいて、施設型サービスとは異なる課題の一つが、安否確認の対象が分散していることです。施設型サービスでは、基本的に同じ建物、または近接した建物にいる利用者の安否を確認します。一方、訪問介護では、利用者が地域の複数の場所に分散しています。
そのため、災害時には「誰を確認するか」だけでなく、「どのような順番で確認するか」という課題が生じます。これは、施設型のBCPでは必ずしも同じ形では現れない課題です。すべての利用者に対して、同じ時間に、同じ方法で、同じ支援を提供することが難しい状況も想定されます。
だからこそ、平時から利用者の状況をどのように把握しておくのか、災害時にどのような情報をもとに状況を整理するのか、職員間でどのように共有するのかが重要になります。ここで、具体的な優先順位を一律に決めることはできません。地域の災害リスク、利用者の生活状況、職員の確保状況、通信や道路の状況などによって、必要な判断は変わるからです。
重要なのは、「安否確認を行う」と書くだけで終わらせないことです。利用者が地域に分散しているという前提に立ったとき、安否確認をどのように管理し、情報をどのように更新し、限られた職員でどのように対応するのか。その仕組みを考える必要があります。
施設型BCPでは、建物と人員配置が初動設計の軸になりました。訪問介護では、利用者の分散と情報の把握が、初動設計の軸になるのではないでしょうか。
義務化されたBCPを、どこから設計し直すか
訪問介護のBCPを考えるとき、施設型サービスのBCPを参考にすること自体は問題ありません。災害時の指揮命令系統、職員の安全確保、情報共有、必要な資源の確保など、共通する要素はあります。しかし、共通する要素があることと、同じ構造で設計できることは別です。
施設型サービスでは、「建物に利用者がいる」ことが前提でした。訪問介護では、「利用者が地域に分散している」ことが前提です。この違いを無視して、施設型のBCPをそのまま訪問介護に移植しても、実際の災害時に必要な情報や判断が抜け落ちる可能性があります。
訪問系サービスの未策定減算も令和7年4月から適用が始まり、制度上の対応は完了しています。しかし、義務化されたことによって、自動的に機能するBCPになるわけではありません。必要なのは、「BCPを作ること」から始めるのではなく、「訪問介護のサービスが災害時にどのような状態になるのか」を考えることです。
事業所の建物が無事でも、利用者に支援が届くとは限りません。職員が確保できても、訪問できるとは限りません。連絡先が把握できていても、連絡がつくとは限りません。だからこそ、訪問介護のBCPは「建物がない」という前提から設計し直す必要があります。
訪問介護のBCPは、施設型サービスの縮小版ではありません。義務化されたかどうかと、実際に機能するBCPになっているかどうかは別問題です。施設型BCPの考え方をそのまま当てはめるのではなく、地域に分散した利用者と職員をどのように把握し、限られた条件の中でどのように支援を継続するのか。訪問介護には、訪問介護のための設計思想が必要です。
次回
第7回では、「BCPと避難行動計画は、災害種別ごとに設計されているか」をテーマに考えます。避難確保計画は、水防法等に基づき洪水・土砂災害・津波などを対象とした制度であり、実は地震は対象に含まれていません。「避難確保計画があるから安心」という思い込みの落とし穴について考えます
参考資料
・令和6年度介護報酬改定における改定事項について|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_38790.html
