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心と体は別々ではない

まだ20代の頃、勤めていた会社で、私はひどい虐めにあいました。
今なら、パワハラですね。

社会人になったばかりで、右も左もわからず、どう受け流せばいいのかもわからないまま、その意地悪を真正面から受けていました。

毎朝、会社へ行くのが怖い。
でも、行かなければいけない。

社会人なのだから。
仕事なのだから。
これくらい我慢しなければいけない。

そうやって、自分の心に何度も言い聞かせていました。

ですが、ある朝のこと

出勤途中、地元の駅で急に吐き気が襲ってきました。
もう会社へ向かうことができず、その日は休んで家に帰りました。

すると、不思議なことに、家に着いた途端、嘘のように元気になったのです。

そのとき私は、初めて体で理解しました。

「ああ、心と体はつながっているんだ」

私の体が、私の心の限界を知らせてくれた日でした。

私たちはよく、
「心と体はつながっている」と言います。

ストレスで胃が痛くなる。
無理をし続けると、肌や体調に現れる。

きっと誰もが、どこかで経験しているはずです。

けれど私たちは、
本当の意味でこのことをもっと理解しなくてはいけないと感じています。

心が疲れているのに、体だけを元気にしようとしていないでしょうか。
体が悲鳴をあげているのに、心の問題とは別だと思っていないでしょうか。

私たちはつい、外側に現れた症状だけを見ようとします。

何を塗ればいいのか。
何を飲めばいいのか。
どうすれば元通りになれるのか。

もちろん、体に現れたものを整えることは大切です。
必要であれば、病院に行くことも大切です。

けれど、その奥にある、
「なぜ今、私の体はこのサインを出しているのか」
という声を聞くことも、同じくらい大切なのです。

体は、心と切り離された存在ではありません。

心で抱えた我慢。
飲み込んだ言葉。
見ないふりをした違和感。
本当は嫌だったこと。

それらは、なかったことにはなりません。

頭では平気なふりをしていても、
体はとても正直に反応します。

意識のゆらぎは、
思考や感情、欲求、そして情動として体に現れます。

不安を抱えれば、体は緊張し
怒りを飲み込めば、体のどこかに力が入ります。

つまり体は、ただの器ではありません。

内側で起こっていることは、
目に見える形で、肉体に表れていく。

だから不調は、ただ消すべきものではなく、向き合うものだと思うのです。

自分の心を雑に扱わないこと。
自分の体のサインを無視しないこと。
自分の違和感をなかったことにしないこと。
誰かに合わせすぎて、自分を消さないこと。

それはわがままではありません。

自分という存在を、
心と体と意識を持ったひとつの命として扱うことです。

それは、
自分の人生を自分の手に取り戻すための、
とても深い調律になっていくのです。


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