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début / 海辺の散歩者について

はじめまして。
海辺の散歩者、と申します。よろしくお願いします。

気どった名前にしてしまって気恥ずかしいですけれど、これは1万年から3万年ほど前にアフリカ南西部に暮らしていた人類の愛称です。その人骨が海辺で発見されたのですね。正式にはボスコボイドといわれる現生人類の亜種とされています。でも、じつのところはよくわかっていない。
残っている化石から判断すると、彼らはいまの人類、つまり僕たちよりかなり顔が小さくて、狩猟採集によって生活をしていたようです。ただし頭の容量は現代人よりも約30%も大きかたった。顔は小さいけれど、「大きな脳」をもった種だったわけです。外見からすれば、大きな額に対して顎や鼻のラインが控えめで、きわめて理知的な風貌を想像させるものだったのです。

脳の大きさはかならずにも知能の高さに直結はしない、という定説があります。しかし、大きな脳の持ち主だった彼らがなにを考えていたのか、それはとても気になります。もしかすると、とんでもないことを知っていたのかもしれません。「現代人はまったく異なる精神世界生きていた」と考える一部の科学者や作家もいます。
精神科医のゲイリー・リンチらは、ボスコボイドの巨大な前頭葉、すなわち高次な思考をつかさどる部分が、現代人より50%以上も大きかった可能性を指摘しています。そのことから、彼らがきわめて高度な内的対話や、写真のような鮮明な記憶力をもっていたのではないかと夢想しました。

最初に書いたように、彼らは狩猟生活民です。物質的に高度な文明を築いていたわけではありません。そのかわりに、「内面的なシミュレーション」や「夢」のような精神活動に耽っていた。そう考える人がいても不思議はないでしょう。
彼らにとって、現実世界を加工することよりも、脳内で複雑な物語を構築したり、自然界のパターンを深く読み解いたりすることの方が重要だったのかもしれません

さて、僕は文章書いて暮らしている人間です。学者や研究者ではあんりませんが、どちらかというと硬めの素材をあつかってきました。有名であったり、書いたものがたくさん売れているわけではありません。まぁなんとか暮らしている程度です。それでも文章を書くことは、大きな家を建てることよりも僕を刺激します。
これから、ここに書いていこと考えているのは、ちょっと日常のなかででくわしたちょっと不思議な出来事です。それがなんだったのか、僕にはわかりません。生活に大きな影響を及ぼしているわけでもありません。でもなぜか気になる。

いまの時代は怪談や超常現象、あるいは占いブームなのだそうです。全部をいっしょにするのは、この世界の専門家には不本意かもしれません。でも、これらを受けとめる人の集合体は、相当に重なっている部分もあるのではないでしょうか。しかもその数は膨らんでいるらしい。では、なぜそんなことになっているかというと、ひとつはIT技術の進展ということです。
容易に情報に接することが可能で、発信手段も格段の拡張性を手に入れています。これに拍車をかけたのがAIでしょう。占い師が長年かけて積みあげてきた知識の砦では、AIと競いあってもおそらく勝ち目はない。かといって彼らの仕事がなくなるのかといえば、一概にそうとはいえない。おそらく占い師は預言者ではなく、相談役という役割が強いと思うからです。ただし心理カウンセラーとちがって、やはり相談者からはこたえを求められる。どちらかといえば宗教に近いのかもしれません。

こうしたことも含めて、僕はなんとなくこの不思議なものに惹かれる気持ちがあります。かといって、胡散臭いという気持ちも強くあります。ですから、遠巻きにその世界を見ていただけです。占星術の星座だって、その名前すらよく知らないし、スピリチュアルな世界には立ち入ろうとしたこともありません。超常現象も同じです。
10代のころに、ちょっと妖しげなものを見た、という経験はいく度かあるのですけれど、それでもとくに気にとめることはなかったのです。

それでも、なかなか興味深いのですね、この世界は。
なにしろ、数千年にわたって伝承されてきたものが山ほどあるわけで、それに、けっこう的を射ていることもあるのです。なぜなのか。そのひとつの鍵は、メディアですね。僕たちが日常的に接しているメディアは、こうした不思議な世界、とても似たところがあります。
そんなことを思っていたころ、知りあいの女性とカフェでいくことがありました。この人も同業者なのですが、「私、占いの仕事もしてるんです」と話しはじめました。へえぇ……というちょっとした驚きと好奇心で話を聞いたあと、自分でも1カ月ほどいろいろ調べまくって、そのあとでもう一度彼女と話をしました。僕もすこしは知識ができたので、以前よりもいくらか奥行きのある話になりました。しかし、その本質になると、やはりよくわからない。そのあたりはボスコボイドと共通するものがあるのもしれません。

僕たちの世界は、テクニカルな意味でどんどん進歩している。にもかかわらず、便利さと充足感はどこかで乖離していく。だからこそ、あの「海辺の散歩者」は、もっともっとすごいことを考えていたかもしれない。そんな夢想にとらわれるのです。そういう彼らに敬意をこめて、名前を拝借しました。
それとともに、ぼくは物書きの仕事に加えて、占いの世界にすこし足を踏み入れることになった。正確にいうと、占いというよりもうちょっと意味が広いかもしれない。科学や合理性の周縁にあるもの。完全に外側だと信じるか信じないかという話士になってしまうし、中心部や内側だけだとちょっと面白みに欠ける。だからマージナルな世界をのぞきにいってみることにした。これから書くのはそうした物語の断片です。

よろしければ、おつきあいください。ではでは。


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